「じゃ、また明日ね」
額にかかっている髪を掻き揚げると、先輩はそこにキスをする。別れのときの、儀式。
いつものことだけど、なかなか慣れてくれない。赤くなった顔を隠すように、俯く。
ゆっくりと、先輩の手が離れていく。
温もりは薄れ、そのかわりに込み上げてくるのは淋しさ。
「ばいばい。」
本当はもっと一緒に居て欲しいけど。そんなの恥ずかしくていえないから、俺は小さく手を振る。
「うん。またね」
先輩は優しく微笑うと、手を振り返してきた。俺に背を向けて、歩き出す。
好きなんだ。凄く。
だから。1日24時間。出来ればずっと一緒にいたい。ほんの少しでも、離れてたくない。
「………っ。」
呼びかけようとして、その手を伸ばして。いつも、そこで終わる。
その先にある自分の気持ちを告げる、勇気が出ないんだ。
今日も。振り返らない背中に溜息を吐き、家の門をくぐる。
「ばいばい。」
呟いてみる。
『またね』
先輩の声が頭の中で再生される。
ふと、気付く。別れの言葉の違い。
先輩からのさよならを、俺は今まで聴いたことがない。先輩はいつも、またねと言って微笑う。
手を離す前に、一度だけ強く握り締めてくれる。まるで、その手の中に温もりを閉じ込めるように。
「………俺もまだまだだね」
先輩の気持ちに気付かないなんて。
多分、先輩も別れるのが嫌で。だから、さよならを言わない。
手を離すあの瞬間、感じる切なさは、俺と一緒なんだと思う。
……でも、じゃあ。俺は今までずっと先輩に酷い言葉を浴びせていたってこと?
だってそんなの。言ってくんなきゃ、わかんないじゃん
「まだまだだね」
俺も周助も。
大きな溜息。
でも、もうわかったから。先輩の気持ち。俺も、もう、さよならは言わないから。
もし明日、またね、って俺が言ったら。先輩は俺の気持ちに気付いてくれるかな?