茶封筒の中の『好きです。』の一言に、思わずふきだしてしまった。
差出人の名前は書いていないけど、綺麗な文字と簡潔な言葉とこの封筒で、誰が出したのかはすぐにわかった。
さて、どう返事をするべきか。
今まで、友達という関係をとっていたわけではなかった、と思う。何か特別な事をしたというわけではなかったけれど、当たり前のように一緒にいて、その空間が心地良くて。そんな関係を『友達』という言葉で括ってしまうのは、凄く勿体無い気がしていた。
まあ、だからといって、『恋人』という名前でお互いの関係を呼ぶわけにもいかなかったのだけれど。
けれど、それはお互い承知の事。……だと、思っていた。
この茶封筒を鞄の中に見つけるまでは。
「全く。君らしというかなんというか…。」
溜息混じりにいうと、僕はベッドに身体を投げた。蛍光灯に封筒をかざす。透けて見えてくる文字。飾り気のない便箋は三つに折られていたけれど、一言しか書かれていないので、よく見える。
「『好きです』、か」
彼の口から音として出てくるところを想像して、僕は微笑った。
だって、彼には似合わない。
『好きだ。』ならまだわかるのだけれど、などと考えて、また微笑った。
そういう問題じゃない。
「好きだよ」
封筒の中の言葉を自分の言葉に置き換えてみる。
「………『好きだよ。』」
そう。この感じ。この方がしっくりくる。本来なら告白するのは僕の方だったと思う。こういうのは、僕の役目。きっと、誰もがそう思っていたはずだ。今更だけれど。
この手紙を書いたとき、彼はどういう気持ちだったのだろう、なんて。考えてみても、解かるわけがない。だから、自分に置き換えてみる。僕は何故、今まで彼に何も言わなかったのか、どうしたら彼に本心を告げたいと思うのか、そしてその手段を手紙という形で…。
焦りが、あったのかもしれない。
そう言えば、最近、僕は一年に構いっきりで彼とはあまり一緒にいなかった気がする。いたとしても、いつも違うことを考えていて…。今まで一緒にいるのが当たり前だから、それがこの先もずっと続くと思っていた。だから、逆に何も言えなかった。言ってしまえば、総ての均衡が崩れてしまう気がして。けれど。言わなければならなくなった。ほんのちょっとの不安や焦りは、日を追う毎に膨張していく。その想いが強ければ、強いほど。
だから、本心を告げたいと思った。いつしか崩れてしまう均衡なら、他の手ではなく、自分の手で崩してしまえ、と。それでも、目の前でそれが崩れて行く様を見届ける勇気はなかった。だから、手紙という形をとった。無視をされたのなら、何事もなかったかのようにこれからも今までと同じ日々を過ごせばいい。
でも、それって…。
「相当、辛いよね?」
けれど、それしか彼には選択肢が無かったのかもしれない。奪うなんて事は考えなかったのだろう。とはいえ、別に、僕は誰かの所有物になっていたわけではないのだけれど。
僕は封筒をベッドに置くと、目を瞑り深呼吸をした。
「それよりも…」
今は、どう返事をすべきか、だ。
渡す言葉は決まっている。問題なのは、その方法。
僕は手を伸ばすと、鞄の中にある携帯電話を取り出した。
最近、何故か彼は携帯電話を持ち始めた。意外だったけれど、理由はすぐにわかった。だって、彼の携帯番号とメールアドレスを知っているのは僕だけだったから。まあ、今は、何処から情報を得たのか知らないけれど、乾の奴も彼の携帯番号を知っているみたいだけれど。
僕だけが特別だと思っていた関係を、彼も特別だと思っていたって事。それが証明されたって事。凄く、嬉しい。
携帯の電話帳を開く。電話にしようとして、やめた。手紙には、手紙で返そう。
僕はメールボックスを開くと、タイトルには何も書かず、本文に文字を打ち込んだ。
「『僕も。君が、好きだよ。』」
文字を音に出してみる。
………これも、なんか違う気がする。
僕は携帯を閉じると、起き上がり、上着を羽織った。家の外へ出る。
やっぱり、手書きには手書きで返さないと。
生憎、家には『茶封筒』なんてものは存在しない。コンビニに行って買ってこなければならない。シンプルな便箋も。そこに、さっきメールで打った文字を書こう。そうしてそれを、直接、彼に手渡そう。明日の朝じゃ遅すぎるから。今、すぐに。
気がつくと、僕は息を切らせて街中を走っていた。