「手塚、暑くないか?」
「問題ない。気にするな」
「……そう。」
怪訝そうな顔をする。乾はノートに何かを書き込むとコートへと戻って行った。
まあ、乾が気にするのもわかる。今は七月。誰一人として部活にジャージ上下でしかも腕も捲くらずに出ているやつはいない。見ているだけで暑くなってくる、と言いたげな視線が至る所から飛んでくる。
「オレだって、暑いんだ」
誰にも聴こえないように呟くと、胸の辺りでジャージを掴み、はたはたと扇いだ。
「手塚、暑くないの?」
はい、とオレの頬に冷たいペットボトルを押し当ててきたのは、オレにこんな思いをさせている張本人。
「……誰の所為だと思っている?」
ボトルを受け取り、蓋を開ける。
「僕の所為なの?」
オレの手からミネラルウォーターを一口飲むと、不二は無邪気に訊いてきた。
何を、今更。
「お前、自分が昨日何をしたか憶えてないのか?」
「……うん。だから、教えて」
「…………。」
「なんてネ。冗談だよ。ちゃんと憶えてるって」
不二の笑顔に、オレは深い溜息をついた。少しでも隙を見せると、こいつに遊ばれてしまう。
「でも。それと、キミが暑っ苦しい格好をしてるのと、どう関係があるの?」
暑っ苦しい、だと?そんな事言うか、普通。
オレは周りに誰もいないのを確認すると、腕を捲くった。現れたのは、紅い内出血の痕。
「お前がこんな所にまでつけるからだ」
いつもならこんな事はしないはずなのに、とぼやくとオレは腕を隠した。また、暑さが戻ってくる。
「そう言えば、そうだったね。なんでだろ?いつもは気をつけてるのに…」
その愉しそうな顔に、嘘だ、とオレは呟いた。
「でも。じゃあ、何で隠すの?」
オレの呟きは聴こえていたはずなのに、あっさりと無視をされてしまう。
溜息。
「そんなの、当たり前だろう」
「何で?」
「何で、って…。」
明らかにキスマークだと判るそれを、人目に曝す勇気なんてオレには無い。
「僕は別にバレてもいいんだけどね。僕たちの関係。というより、バレてくれた方がキミに悪い虫が寄り付かなくなるでしょ?」
悪い虫もなにも、こんな関係がバレたら、誰も寄り付かなくなってしまう。
「それとも、何?手塚はこの関係を恥ずかしい事だと思ってるの?」
不二の言葉に、一瞬、ドキリとした。
「そういうわけでも、ない、が…」
歯切れのない返事をする。
「じゃあ、やめにしよっか」
「え?」
不二の口から出て来た思いもよらない言葉に、オレは自分の耳を疑った。
「だって、恥ずかしいんでしょ?」
淋しそうに言うと、不二は俯いた。泣いているのか、肩が微かに震えている。
「そ、そんな事は…」
「なーんて、冗談だよ」
慌てるオレに、不二は顔を上げると悪戯っぽく微笑った。
……してやられた。
咎めようとして口を開いたが、その先の言葉が出てこなかった。不二との関係に大なり小なり負い目を感じているのは確かだ。
「僕が言ったこと、気にしなくていいよ」
動きの止まっているオレに、不二は困ったように微笑って言った。
「僕の前でだけ、本当の姿を見せてくれればいいから」
目線をオレに預けたまま、不二はオレの手からまたミネラルウォーターを飲んだ。
その姿が昨日を思い出させ、思わず眼をそらす。
「でも。そのお蔭で君が肌を隠すのなら、またつけてもいいかもしれないな」
「なっ…」
慌てて視線を戻したオレに、不二が意地悪く微笑った。
「だって、君のその綺麗な白い肌を見ていいのも、僕だけなんだからね」
何かを含んだような不二の笑みに、オレはただ溜息を吐くしかなかった。