ある日の放課後。
 いつも教室に迎えにくる不二が、幾ら待ってもやってこないので、手塚は仕方がなく不二の教室を訪ねた。
 あと数歩で不二の教室のドアだというとき、教室から、不二と菊丸の笑い声が聞こえてきた。
 オレがいないのに、何をそんなに楽しそうにしているんだ?
 確かに、自分よりも菊丸のほうがユーモアセンスはあるが、と手塚はドアの前でしばし悩みこんでしまった。
 不二は自分に惚れこんでいるという絶対の自信のようなものが手塚にはあった。だから、こうして自分以外の者と不二とが自分といるときよりも楽しそうな声を上げているのが、不思議とでしかたがなかった。
 自分の聞き間違いなのではないかと思い、聞き耳を立てる。
 しかし、それは聞き間違いなどではなかった。
 その事実に手塚の自信は崩れ、不安になってしまった。
 だが、ここまできて、何もせずに去るのも癪である。
 ……せめて、別れの一言くらいは。
 手塚は深呼吸をすると、勢いよくドアを開けた。
「不二っ!」
「あー。手塚。もうそんな時間?ゴメンゴメン。もう行くよ」
 手塚の勢いに反して、不二はあくまでマイペースに言うと、微笑った。
 その笑顔に、手塚の勢いが殺がれる。
「じゃあ、英二。僕、もう帰るね。これ、ありがと。明日には返せると思うから」
 言うと、不二は机の上においてあった数冊の本を鞄にしまった。
「そんなに急がなくてもいいよ。それ、今は全然読んでないから」
 楽しそうに、菊丸が返す。
 その2人のやりとりが、手塚には見えないシェルターがかかっているかのように感じさせた。
「……ふ、不二」
 恐る恐る、手塚が声をかける。振り向いてくれなかったらどうしようと思いながら。
「なぁに?」
 けれど、不二は手塚の言葉にいつものように速い反応を返してきた。逆に手塚が戸惑ってしまう。このあとの言葉を、手塚は何も用意していなかったのだ。
「えーっと…何を、借りたんだ?」
 何とか言葉を捜していた手塚は、不二の鞄を指差して言った。その鞄は菊丸から受け取ったもので、少しだけ変形している。
「ああ、これ?漫画だよ。昔の奴だけどね。面白いんだよ。手塚も読む?」
 不二は軽い調子で微笑いながら言った。
「……まんが」
 呟いた手塚の顔が、思いっきり曇る。
「…手塚?」
「どうしたんだにゃ?」
 それは菊丸にもわかるほどの表情の変化だった。
「…な、何か、僕変なこと言った?」
 心配そうな顔をして不二が近づく。と、手塚は明らかに後退った。
「手塚?」
「漫画を読むなんてっ」
「な、なに?」
「漫画なんて、そんないかがわしいものを読むなんていけないことなんだぞ。漫画は二十歳になってからっていうだろっ!不二の破廉恥!」
 顔を真っ赤にして叫ぶと、手塚は俯いた。
 手塚の表情に対してもそうだが、何よりも手塚の言葉に対して、不二と菊丸は顔を見合わせた。
「な、何なの?なに?漫画は二十歳になってからって…」
「手塚、頭おかしーんじゃにゃい?」
 言うと、菊丸は声を上げて笑い出した。
「可笑しくなんかない!」
 手塚が声を荒げ、菊丸を睨む。その気迫に押され、菊丸はぴたりと笑いを止めた。
「ねぇ、手塚。それ、誰に教えてもらったの?」
「常識だろう?」
 何を当たり前のことを聞いているんだ、とばかりに手塚は言った。不二が苦笑する。
「うーん。でも、僕は知らなかったんだ。だから、一番最初にそれを手塚に教えたのは誰なのか、僕に教えてくれないかな?」
 まるで子供に対して言うような口調。けれど、こういう聞き方が手塚にとって一番効果的であることを不二は知っていた。
 案の定、手塚は少し自慢げに口を開いた。
「お祖父さまだ」
 手塚の口から出てきた言葉に、不二はやっぱりとでもいいたげな溜息をついた。菊丸に少しだけ顔を近づける。
「……手塚のお祖父さまって厳しいんだよね。それでいて微妙なユーモアセンスの持ち主だから、結構この手で手塚騙されてるんだ」
「あー。にゃーるほど。ばっかだにゃぁ、手塚は」
「ま、そこが可愛いんだけどね」
 呆れたような菊丸に、笑いかける。その笑顔に、菊丸は、不二は馬鹿は馬鹿でも手塚バカだにゃ、と妙に納得した。
「何をこそこそ話してるんだ?」
「んーん。なんでもないよ。じゃ、帰ろっか。またね、英二」
「ほいほーい。ばいぶーちょん」
 菊丸が手を振ったのを確認すると、不二は手塚の下へ歩き出した。手塚と腕を組み、教室から出る。
 菊丸はその背中を呆れた様子で見ていた。廊下を歩く二人の声が聞こえてくる。
「…ねぇ、手塚。さっきの話だけど…」
「何だ?」
「『漫画は二十歳になってから』ってやつ。あれ、皆には言わないでね」
「何でだ?」
「僕と英二がそれを知らなかったなんて、なんか、恥ずかしいじゃない。だから、僕と手塚、あと英二の3人だけの秘密。ね?」
「……そういうことなら、仕方がないな。以後、気をつけろよ」
「うん」
 すりガラスから、二人の影が消え、声も届かなくなった。静まり返った教室で、菊丸は溜息をついた。
「しっかし、不二は凄いにゃー」
 手塚が騙されてると知りながら、それを訂正しないでそのまま通そうとするなんて。
「あいつだけは敵にまわしたくにゃいよな」
 一瞬、不二の悪魔のような笑みが頭を過ぎり、菊丸は寒気を覚えた。





バカな話だ。もともと4コマ用のネタ。
しかし絵がかけないので文章に(笑)
基になってるのは、駒井悠サンの『そんな奴ぁいねえ!』。
手塚くんに東国丸和志(漢字合ってるのか?)になってもらいました。
サブっ…。
ちなみに。「ばいぶーちょん」は釈由美子の言葉。「バイバイ」の意(笑)。



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