僕の笑顔が好きだと、彼は言った。
「ねぇ、手塚ぁー。今日、部活サボっていーい?」
彼の隣。くっつけた机に突っ伏したまま、気だるく問いかける。
「駄目だ」
日誌をつけている彼の、にべもない言い方に、ちょっとだけムッとする。
「いいじゃん。ここんとこ毎日部活だよ?一緒に帰ろーよ」
彼の肩に寄り掛かり、頭をぐりぐり動かしてみる。
「……やめろよ」
くすぐったいのか、彼が手で僕の頭を退かす。名残惜しそうに彼の肩を見る僕を見て、彼は大きく溜息を吐いた。
「帰るんだったら、無断で帰ればいいだろ」
「だってぇ…」
呟く僕にもう一度溜息を吐くと、手はそのままの状態で、彼は日誌に向かった。
今度は僕が溜息を吐く。
だって、独りで帰ったってしょうがないじゃないか。
僕の頭にあった彼の手をとり、態勢を立て直した。綺麗な白い手の甲に、唇を落とす。
「不二?」
「ね。一緒に帰ろ?」
優しく微笑って見せる。一瞬にして、彼の顔が耳まで真っ赤になる。
彼は僕の手を解くと、慌てて眼鏡を直した。照れているときの、彼の癖だ。
本当に、僕の笑顔が好きなんだなぁ。なんて、まるで他人事。
「っした、は。部活も学校も休みなんだぞ」
まだ顔を赤くしたまま。彼は早口に言った。
わかってないね、君も。
「だからぁ…」
遠くにある彼の手からシャーペンを奪い、日誌を閉じる。不思議そうに見つめる彼に、キスをした。
「今日、家に泊まってってよ」
彼を見つめ、また、微笑う。
「なっ………」
「いいでしょ?」
出来る限りの甘い声に彼の大好きな笑顔。
「ぶ、かつが、終わってからじゃ。駄目なのか?」
目線だけを僕から外し、また、眼鏡を直す。
「だって、そのあとじゃ君、疲れてるでしょ?それとも、今ここで、する?」
「ばっ……ん…」
クスクスと微笑いながら、彼にもう一度キスをする。深く入ろうとしたところを、僕の頭に置いた手で止められた。見ると、彼は左手で口を拭っていた。
非道いなぁ…。
苦笑する僕に、彼は少しだけ申し訳なさそうな顔をすると眼鏡に手を当てた。
「止められなく、なる…だろう?」
「え?」
「……だから、部活が終わるまで待て」
早めに終わらせるから、と呟くように言うと、彼は僕の手からシャーペンを取り、ペンケースにしまった。それをバッグにしまう。
「手塚、それって…」
「ほら、さっさと部活に行くぞ」
僕の声を遮るようにして言うと、彼はバッグと手に取り立ち上がった。僕を置いて、さっさと歩き出す。
「ち、ちょっと。手塚ぁ、待ってよ」
くっついていた机を乱暴に元に戻すと、僕はバッグを手に取り慌てて彼の後を追った。