おれのせいで、不二は負けた。連勝記録もここでストップだ。みんな手塚がいるから気づいてなかったかもしれないけど、不二もずっと勝ち続けていたんだ。ダブルスでも、シングルスでも。
 なのに。
 おれのせいで、不二は負けた。しかも、棄権負けという、なんとも情けない負け方。
「ごめんな、不二。」
 隣で穏やかな寝息を立てている不二の前髪を掻き揚げると、おれは言った。
「おれのせいで、黒星、ついちゃったな」
「そんなことないよ」
「え?」
 突然の声とともに不二は眼を開けると、前髪を掻き揚げているおれの腕を掴んだ。ゆっくりと、身体を起こす。
「お、起きてたのか」
「ん。…みんなは?」
 まだ眼が冷め切ってないのか、不二は伸びをすると、辺りを見回した。
「もう帰ったよ。っていうか、みんなが帰ったあとで不二が最後まで残って親父と酒飲んでたんじゃないか」
「……あ。そっか」
 間の抜けた声を出すと、不二はちゃぶ台の上乗ってある飲みかけの缶ビールを口にした。
「…まっず」
「当たり前だよ」
 溜息をつくと、おれは不二からビールを取り上げた。
「3時間は寝てたんだからね」
 言うと、おれは開け放たれた窓を指差した。すでに陽が差し込んでいる。
 打ち上げが終わり、みんなが家に帰ったのが真夜中の零時頃。そのあと、親父の話によると、不二と二人で三時間くらい飲んでいたらしい。何を話してたのかまでは教えてくれなかったけど。おれはその間に寝ちゃって。朝起きたら、隣で不二が寝ていたってわけ。親父が布団を引っ張り出してきて寝かせてくれたらしいんだけど。それだったら家まで送ってってやればいいのに。あ、それじゃあ、飲酒運転になっちゃうか。
「そっか。あれ?タカさん、仕込みは?」
「もう終わったよ。ほら」
 笑うと、おれは不二の前に両手を差し出した。
「…ホントだ。魚くさい」
「『くさい』っていうのは、酷いな。せっかく、朝ご飯としておれの特上握り寿司を用意してあげようと思ってたのに」
「あーっ。ごめん、ごめん。くさくなんかないよ。うん。いいにおい。タカさんってば、男らしー」
 慌てて言うと、不二はおれに抱きついてきた。その仕草は、今にもゴロゴロとのどのなる音が聞こえてきそうで、笑えた。
 でも。
「不二…」
「ん?」
「お酒くさい」
「…大人のにおいって言って欲しいな」
 身体を離し、おれを見つめて微笑うと、不二はハァっとおれに息を吹きかけた。
「……オヤジのにおいだよ。それ」
 おれがしかめっ面をすると、不二は微笑いながら指でおれの眉間の皺を伸ばした。
「うーん。じゃあ…」
「っ!?」
 突然、不二はおれを強く抱きしめた。
「こうすれば、お酒のにおい、わかんないでしょ?」
 耳元で囁く。耳にかかる吐息におれは思わず顔が赤くなってしまった。相手が不二なのに。何で?
「ふ、不二っ、離れてよ」
「やーだ。」
 クスリと微笑うと、不二はいっそう強くおれを抱きしめた。身体がぴったりとくっつく。服越しに不二の体温が伝わってくるのが分かった。
「タカさん。ドキドキしてる」
「そ、そんなこと…」
「………さっきの話だけどさ」
 トーンの落ちた声。その真面目な雰囲気に、おれは抵抗するのをやめた。と、途端、離される体。開け放たれた窓から入ってきた風が、温もりの消えた胸を掠める。さっきまでは、すごく放して欲しかったはずなのに、今は寂しさを感じてるなんて。なんか、変だ。
「タカさんの所為で僕が負けちゃったって話。」
 不二はおれの手をとると、しっかりとおれを見つめた。おれは、さっきまでの変な考えを振り払うと、不二に頭を下げた。
「ご、ごめんな」
「何でタカさんが謝るの?」
「そ、それは…」
 おれのせいで、棄権負けなんて選択肢を…。
「タカさん、顔、上げてよ」
 不二が手を強く握り、おれは顔を上げた。そこにあったのは、優しく微笑う、不二の顔。
「棄権したのは、僕なんだ。僕がしようと思って、勝手にしたこと。タカさんのせいじゃないよ」
「でも。おれが怪我さえしなければ…」
「タカさんが波動球を返してくれなかったら、今頃、僕は骨折もんだったよ。タカさんがかばってくれたから、僕は明日から再開する部活に出られるんだ。ごめんね。僕が無理にあれを返そうとした所為で、怪我させちゃって」
 沈んだ声で言うと、不二は包帯の巻いてあるおれの右手首に優しく触れた。
「不二のせいじゃないよ。不二が勝手に棄権したように、おれも勝手に波動球を受けたんだ。だから、今回の棄権負けがおれのせいじゃないって言うなら、この怪我だって不二のせいじゃないよ」
「うん。ありがと。………ねぇ。まだ、痛む?」
「いいや。もう平気だよ。今朝だって、親父の手伝いしてきたんだし」
 右手を撫でている白くて細い手をとると、おれは微笑った。安心したように、不二も微笑う。その笑顔にホッとしたのと同時に、おれは何だか情けなくなってしまった。
「でも。本当にごめんな」
「だから、あれはタカさんの所為じゃ…」
「そのことじゃないんだ」
 不二の言葉を遮るようにして言う。不二は疑問の眼でおれを見つめた。
「そのこともそうだけど。もっと、全体的なこと。不動峰との試合だって、多分、不二ひとりなら余裕で勝ててたはずなんだ。なのに。おれが足引っ張っちゃって。他の試合でも…。分かるんだ。不二が全力を出し切れていないのが」
 いつもいつも、ポイントを取られるのはおれのミスが原因で…。シングルスなら、不二は相手に一ポイントも取らせないのに。
「それは違うよ、タカさん」
 不二はおれの手を強く握ると、優しく微笑った。
「確かに、全力は出してないけど。それはタカさんの所為じゃないんだ。僕が全力を出せないのは、癖、みたいなモノでさ。言ってしまえば、今まで一度だって全力を出したことはないよ。それに…」
 不二が、そこで言葉を切った。瞬間、視界が暗くなる。唇に僅かな温もりを感じた。
「僕はタカさんとだから、ダブルスが組めるんだ。他のヒトじゃ駄目なんだよ」
 微笑う不二に、おれは自分の唇に触れてその感触を確かめた。…今、不二がしたのは、何?
「解らないかな、この意味が」
 言うと、不二はおれの顎を掴んだ。唇に、今度はハッキリと感じた、不二の温もり。
「好きだってこと。タカさんが」
「……不二、それは」
「さぁて。眼も醒めたことだし、っと」
 頭の中がまだ整理できていないおれを他所に、不二は立ち上がると、大きく伸びをした。
「朝ごはんでも食べよっか。ね?」
 おれに手を差し伸べる。
「…特上寿司。食べさせてくれるんでしょ?」
「………あ、ああ。」
 頷くと、おれは不二の手を取った。
 伝わってくる温もりに、不二の言葉の意味とそれに対する答えがずっと前から出ているような気がした。





はじめはノーマルで行くつもりだったんだけどネι
どうしても、不二くんはお酒を飲んでしまうなぁι
最近の中学生ってお酒飲むんですか?大学生なアタシは飲めませんがι
つぅか、もしかして、テーマに沿ってない?



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