逢えない近さが、淋しさを煽る。

 日々の生活はとても便利になった。携帯電話はキョリを縮めてくれる。最近のものになると、声だけでなく、テレビ電話のようにリアルタイムで相手の表情を見ることが出来る。僕たちが持っているのは、そういう電話。

 僕は本から目線を離すと、時計を見た。
 20時58分。
 そろそろ、彼から電話がかかってくる。僕は本にしおりを挟むと、本棚に戻した。ベッドに仰向けになり、隣に投げ出されている携帯電話を見つめる。
 彼からの電話はいつも21時ピッタリにかかってくる。着信音がメロディを奏でる前に彼と繋がる事だって出来る。けれど、こうして電話の前で待っているという事がバレてしまうのも癪だから、僕はいつも彼専用の着メロをワンコーラス訊いてから受話器を上げる事にしている。とはいえ、それはいつも決まったタイミングだから、恐らくは僕が電話の前で待ち伏せしているという事はバレているだろう。……相当、鈍感ではない限り。
 時計を見る。あと5秒。…3…2…1。
 ベルが鳴った。
 今すぐにでも彼の声を聞きたい衝動に駆られながらも、僕はワンコーラス終わるまで辛抱強く待った。莫迦だと思うかもしれないけど、このもどかしさもまた良いものだったりするんだよね。それに、彼がどんな気持ちで僕が出るのを待っているのか考えると…。もしかして、僕って悪魔?
 やっとのことで、ワンコーラスが終わった。急いで携帯を手にとる。小さい画面に現れる、愛しいヒト。
「久しぶりだね、手塚」
 いつもの、僕の挨拶。
「昨日も電話しただろう」
 いつもの、彼からの返事。
 僕は溜息をつくと、見るからに不満そうな顔を作った。
「23時間も声を聞いてない」
 そう、彼との電話はきっちり1時間。だから、僕が彼の声を訊くのは23時間ぶり。一日の半分近くを彼と一緒に過ごしていた今までに比べたら、それはそれはとてつもなく長い時間だ。
「莫迦か、お前は。」
 これも、彼のお決まりの科白。
「うん。まぁね。君の事になると、僕は莫迦になっちゃうんだよ」
 微笑って言うと、彼が画面の向こうで顔を赤くした。彼が一度画面から顔を離す。遠くで咳払いが聴こえた。
「それにしても…」
 まだ、耳に赤みを残しながらも、彼の表情はいつもの仏頂面に戻っていた。ちょっと勿体無い、なんて思う。口にすると怒るから、言わないけど。
「今日は電話に出るのが遅かったようだが、何か用事があるのか?」
 彼の言葉に、僕は苦笑した。『今日は』じゃなくて、『いつも』だよ。全く。その言葉は、わざとなの?
「用事があるなら、切るが…」
「あーっ、ちょっと待って、切らないで!」
 彼の指が電源ボタンにかかっているのが見えて、僕は慌てて彼を制した。
 忘れてた。彼は鈍感、というか天然だった。かなり重度の。
「別に、これといって用事があったわけじゃないよ」
「そうか。なら、いいが。大事なようがあるなら無視してくれてもいいんだぞ」
 真面目な顔で、なんて酷な事をいってくれるんだか。鈍感でも天然でも何でもいいけど、とりあえず、これだけは解かっていてもらわないと。
「君以上に大事なものなんてないよ」
 言うと、画面に向かって微笑いかけた。元に戻りかけていた彼の顔が、また、真っ赤になる。
「ふざけるのもいい加減にしろ」
「僕は大真面目だよ」
 画面越しではあるけれど、真っ直ぐに彼の眼を見つめた。彼は僕から眼をそらし、そうか、と呟いた。一緒にいたときと変わらない風景が画面いっぱいに広がる。その事に。僕は言葉では言い表せないほどの淋しさを感じた。
 こんなに近くにいるのに、触れることが出来ないなんて…。
「…不二?」
 僕の異変に気づいたのか、彼が心配そうな顔を見せる。
「………たい。」
「なんだ?」
「逢いたいよ、手塚。逢って、君を抱きしめたい。その冷たい手に触れたいよ」
「…………。」
 僕の言葉に、彼は困惑の表情を浮かべた。
 沈黙が流れる。いつもの心地良いそれとは違う雰囲気。逃れたくて、僕は電話を切ろうとした。
 と。画面の中で、彼が何かを言おうとしているのが解かった。そのままで、彼の言葉を待つ。
「それはオレも同じだ。何も、お前だけがそう思っているわけではない」
「……え?」
 彼の口から出て来た意外な言葉に、僕は間の抜けた声を出してしまった。
「だからっ。…オレも、お前に会いたいという気持ちは、持っている。そうでなければ、こうして毎日電話をかけはしない」
 …………それも、そうか。
「気づいていなかったのか?」
 だって、僕が電話して欲しいって言ったから。
「お前は自分の事になると酷く鈍感になるな」
 溜息まじりに彼が言う。僕は思わず笑ってしまった。
「何が可笑しい?」
「だって…」
 彼の口から『鈍感』なんて言葉。
「手塚、ヒトの事、言えないよ」
「………そうか?」
「そうだよ。」
 全く。変な所で、僕たちは似てるんだから。
 僕が微笑うと、彼もそれにつられて微笑った。重苦しい空気は、いつの間にか消えている。
「ねぇ、手塚」
「なんだ?」
「明日、九州(そっち)に行っても良いかな?」
「なっ」
 僕の突然の発言に、彼の笑顔が固まった。
「……本気か?」
 勿論。
「本気だよ。」
「………お前、部活は?」
 ……部活の前に、学校なんだけどな。
「大丈夫。明日からテスト1週間前だから。部活は休みだよ」
「あ。じゃあ、学校はどうする気だ?」
 『じゃあ』って。……まあ、君らしいといえば、君らしいけど。
「もちろん、休むよ」
「テストはいいのか?」
「僕の成績知ってるでしょ。それに、どうせ勉強なんてしないし」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「……駄目?」
「行っておくが、なにもしないからな」
「あはははは。解かってるよ。リハビリ中の君に、そんな無理強いはしないから」
 僕の言葉に、彼は訝しげな顔をして見せた。非道いな。僕ってそんなに信用ない?
「ただ、傍にいるだけでいいんだ。少しでも君の温もりを感じられれば。……そうだな、例えば手を繋ぐとか、さ。」
 僕が微笑うと、彼は画面から視線を外した。多分、自分の手を見つめているのだろう。
「……お前の方が、手は温かいぞ」
「そういう意味じゃないよ。温かいかどうかじゃなくて、君の体温を感じるってことが重要なんだ」
「……そういうものなのか?」
「手塚は、そうは思わないの?」
「………そう、かもな」
 照れたように、彼が頷く。抱きしめたいよ、やっぱり。
「じゃあ、そっちに着いたら、電話するから」
「ああ。…え?あ、おいっ!」
 僕は彼に止められる前に、と急いで電話を切った。時計を見る。リミットまではまだ20分近くあった。
「手塚、怒ってるかな?」
 突然、電話を切っちゃって。
「ま、いっか。」
 明日逢えるわけだし。彼の説教はそのときに聴けばいい。尤も、そのときの僕には彼の説教は無意味だけれど。
 と。突然、携帯が鳴った。見ると、彼からのメール。『オレは気が短い。』と、一言。
 多分、待っているから早く来い、という意味なんだろう。溜息混じりに彼がこのメールを打っているのを想像して、僕は微笑った。
 さて。問題は、言い訳だ。母さんになんて言おうか…。





ちなみに、不二姉は不二くんの事情を知っています。なんてったってエスパーですから(違っ)
アニプリでも原作でも。不二の隣に手塚がいないと、異常なくらいの淋しさを感じます。
不二スキーのアタシですらこんなに淋しいのですから、不二くんはもっと淋しいんだろうなって。
最近の携帯はハイテクですよね。赤外線ピピッとかって。



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