ガッコなんてつまんねーって。部活だって、アトベェと試合できなきゃ、たいしたワクワクもない。だから、出来ればあんなトコ行きたかないんだけど。
でも、私立だし。金払ってるし。将来かかってるし。しょーがないから、頑張って来てはみる。
ま、結局は、つまんなくなって睡魔に負けちゃうんだけど。
なーんて。今はそんなこと言ってらんねーんだよな。
こう……なんつーんだろ。ワクワクするってか、ドキドキするってか。良くわかんないけど、じっとしてらんない気持ち。今、オレを動かすもの。
「な、アトベぇ。青学に練習試合申し込みに行こうゼ!」
「アーン?何で俺様がわざわざそんなめんどくせー事しなきゃなんねーんだよ」
「だって、オレ、青学と試合したいしっ」
「あんなぁ。俺らはその青学に負けたんやで。せやから、もう引退や。い・ん・た・い。解かってんのか?このあほんだら」
「ひっでー。アホつったな。アホつったほうがアホなんだゼ。忍足のあーほ、あーほっ!」
「なんやてぇ?ほんなら、あほ連呼してるお前の方があほじゃ、ボケっ」
「あーっ。ボケまで言ったー。バカーッ」
「いーから、おめーら少しは黙れ。いいか、ジロー。俺たちが今やらなきゃなんねぇ事は、青学との練習試合じゃねぇ。後輩達の指導だ。それが出来ねぇんだったら、とっとと1人で引退してろ」
「ちぇーっ、ちぇっちぇっ。いいよーだ。オレ1人で青学に試合申し込んでやっから。あとで試合したいつったってやらしてやんねぇからな。バカアトベぇー」
「………1人で引退っちゅーのは、ちょっと言い過ぎなんちゃうん?」
「てめぇだって散々悪態吐いてただろーが。それに、ガキにはアレぐらいがちょうどいいんだよ」
「忘れとるようやから言っとくけどな、跡部。ああなったジローは有言実行型人間やで。あのままにしとったら、ほんまにアイツ青学に練習試合申し込みに行きよんで。ええんか?」
「……………あ。」
「……ってなわけで、試合申し込みに来た。試合しよーぜ、試合っ!」
ただいま、青学テニス部の部室の前。練習中だったアイツを拉致ってみたりする。
「唐突だなぁ」
腕を組んで、苦笑する。汗だくなのにも関わらず涼しげな眼が、なんかスッゲー好き。
「唐突じゃねぇよ。試合終わったときにまたやろーって約束したじゃん!」
「ああ、あれね。約束、憶えててくれたんだ。結構律儀なんだね、君」
楽しそうに、クスリと微笑う。
エヘヘ。褒められちった。
「でも、僕たちとの練習試合の申込なら、手塚に…ああ、手塚はいないか。大石か竜崎先生に言ってくれないかな?ほら、あそこにいるから」
そう言って指差したのは、コート隅。レギュラージャージとピンクっぽいジャージを着た人たちが訝しげにオレたちを見てる。
ヤダ、あいつら。コソコソしてて、なんか好きじゃねー。
「えー。そんなことしなきゃなんねーの?めんどいよ。不二が頼んできてよ」
視線を戻すと、オレは両手を合わせて頼み込んだ。不二がまた苦笑する。
「僕だってそんな面倒なこと嫌だよ。スミレちゃん、苦手だしね」
「……スミレちゃん?」
「竜崎先生のことだよ。竜崎スミレ。だから、スミレちゃん」
「何がスミレちゃんだ。先生と呼ばんかい、先生と」
オレの真後ろから声がして、振り返った。
「わぁっ」
そこにいた、怖い顔をしたおばさんに驚いて、オレは思わず不二に抱きついてその後ろに隠れた。不二が、クスクス微笑う。
「いいじゃないですか。その方が、若々しい感じがしますし。ほら、慈郎くん、怖くないよ」
優しい口調で言うと、不二は自分に回されたオレの手を軽く叩いた。恐る恐る、曲げていた体を伸ばした。不二の肩越しにその“スミレちゃん”を窺う。
「はいはい。スミレちゃんも微笑って微笑って」
「……ったく。しょーがない生徒だのぉ、お前は」
「何言ってるんですか。こんなに先生想いな生徒はいませんよ?模範的な生徒じゃないですか」
不二のお蔭なのか、もうそこには怖い顔は無かった。一安心。すると同時に、なんかスッゲー顔が熱くなってきて、オレは慌てて不二から離れた。
うっわー。オレ、思いっきり抱きついちゃったよ。恥ずかC…。
「で…。えーっと、氷帝の慈郎くんだったかな。うちの不二を拉致して一体どうするつもりなんだい?」
目の前の顔が、少しだけ険しくなる。オレは思わず、不二の背に隠れた。
「なんか、僕たちと練習試合がしたいそうですよ」
俺の代わりに、不二が言ってくれた。また、一安心。
「ったく。だったら、いきなり来んで、電話の1つでもせんかい。で?他のメンバーはどこにいるんだい?」
「いねーよ。オレ、ひとり」
「はぁ?」
「だから、オレ1人で試合申し込みに来たの。だってアトベぇのヤツ、後輩の指導がなんたらで…」
ブツブツと愚痴る。それを遮るようにして、“スミレちゃん”からのふっかーいタメイキが聞こえた。
「…………不二。あとは任せたぞ」
「了解。」
“スミレちゃん”は厭きれたような顔をオレに向けると、頭を掻きながらコートの方に戻ってっちゃった。
あー。ってことは、残ったのは不二とオレの2人だけ。
なんかいい。この『2人だけ』って響き。あ。でも、ちょっと恥ずかC〜。
「あのね、慈郎くん」
不二は振り返ると、少し困ったように微笑った。
「そういう個人的な申し込みはうちは断ってるんだ。学校とか部活単位ならまだしも、ね」
「うっそ。マジ?何で?」
「何でって言われても、困るんだけど」
「オレが困っちゃうよ。せっかくここまで来たのに、オメーと試合できねーで終わるなんて。ぜってーヤダっ。ヤダヤダヤダっ!」
子供っぽいかな、と少しは思ったけど。それよりも不二を目の前にして試合の出来ない悔しさの方がおっきくって、オレは思いっきり駄々をこねた。
不二が、小さくタメイキをつく。
「しょうがないなぁ。じゃあ、僕が部活終わるまで待っててくれる?それなら、ここのコート借りて、試合できるけど」
「え?マジ?」
「うん。スミレちゃんに頼んでみるよ。但し、他のメンバーともってわけには行かないから、相手は僕だけになっちゃうけどね」
遠慮気味に、不二が微笑った。
他のメンバーがいない。って事は、またオレは『2人だけ』って響きを味わえるってコト?
「全然イイよ。寧ろ、そっちの方がイイ!」
嬉しくって。オレは思わず飛び跳ねた。不二がクスクス微笑う。
「……君、結構面白いね」
「え?」
「んーん。そのままでいいよ。気にしないで。じゃあ、それまで見学でもしてなよ。あと30分もしないで終わるからさ」
「うん。サンキュー」
「あはは。じゃ、後でね」
小さくオレに手を振ると、不二はそのままコートに入って行った。
近くにあったベンチに座って、その姿を追いかける。
………あ。今、眼ぇ見開いた。
イイんだよなー。あの瞬間。ゾクゾクってして、ワクワクってきて。なんか、やっぱ、スッゲー好きだ。
つまんねーオレの学校生活に、潤いを与えてくれたヒト。
あの試合以来、アイツのコトを考えない日は無いし、それだけで心臓がバクバクしてくる。実際に目にしたら、顔が真っ赤になっちゃったし、なんか顔もニヤけてるっぽいし。
これがもしかして恋ってヤツ?
あー。そーかもしんね……。だとしたら、つらいよなー、きっと。遠距離っつーほど遠くはないけど、ずっと一緒にはいれねーし。
「ま、いっか」
残り少ない中学ライフをそれなりに楽しめるなら。なんつって。