セックスは嫌いじゃない。けれど、彼とのセックスは嫌いだ。自分の下で淫らに腰を振っている彼を見ると、熱くなっていく身体とは逆にココロが急速に冷えていくのを感じる。
彼が本当に欲しいのは、僕のココロじゃなく、きっと、僕のカラダ。快楽だけなんだ。
だったら、僕じゃなくてもいいのに。彼は僕じゃないと駄目なんだと言う。
だから僕は、彼に身体だけをあげる。これは彼が望んだことだ。そのはずなのに。彼は時々、哀しい顔をする。悦びに満ちた身体で。
くだらない。
呟きながら、彼の最奥を突く。
くだらない。
くだらない。
クダラナイ…。
『お前が好きだ』
言われたときは吃驚した。男から告白されるのは慣れていたから構わないとしても、彼から告白されるとは思ってもいなかったから。視線が合うといつも目をそらされていた。だからてっきり嫌われているのかと思っていた。けれど、それはどうやらただの照れだったらしい。
僕が驚きに言葉をなくしたままでいると、彼は、やっぱり、とでも言うように大きな溜息をついた。
『…お前に付き合っている奴がいるのは解っている。だから、付き合って欲しいとは言わない』
苦々しい顔で言うと、彼は僕の唇に自分のそれを押し付けてきた。慣れてない所為なのか緊張している所為なのか解らなかったけれど、それは凄くぎこちないモノだった。
『一度だけでいい。抱いて欲しいんだ』
僕を抱きしめると、耳元で懇願するように彼が言った。僕は驚いてまた声が出なくなった。というより、ショックだった。だって、彼がそんなことを望むなんて思っていなかったから。彼に対するイメージはあまりにも綺麗すぎて…。
裏切られたと思った。その瞬間、ドロドロとした黒いモノが僕の中から湧き上がり広がっていくのを感じた。
『いいよ』
彼の腕を解くと、僕は口元を歪ませて微笑った。僕が了解するとは思っていなかったのか、今度は彼が驚いていた。
『本当に、いいのか?』
『うん。僕も君のこと嫌いじゃないしね』
好きだ、と言ったわけじゃないのに、僕の言葉に彼が少しだけ嬉しそうな表情をする。僕は乱暴に彼の顔を掴むと、荒々しく激しいキスをした。
『じゃあ、土曜日の夜、家に来なよ。家の中、空けておくからさ』
唾液が気管に入ったのか、咳き込んでいる彼に言った。自分でも驚くほどの冷たい声。嘲笑を彼に向けると、僕はそのまま部室を後にした。
僕は本から顔を上げると、部屋のドアを眺めた。あと5分くらいで彼はシャワーを浴び終え、この部屋に戻ってくる。
僕は行為の後、すぐにその汚れた身体を洗い流すように命じている。無論、僕もシャワーを浴びる。彼よりも先に。この部屋に、穢れをいつまでも置いておきたくないんだ。
再び本に視線を落としたとき、小さな音を立てドアが開いた。僕は本をベッドサイドに置き、彼に手を差し伸べる。
「おいで。」
彼は赤い顔で頷くと、僕の手を取った。彼を引き寄せ、背後から抱きしめるような形をとる。彼は僕の胸にピッタリと背中をくっつけると、自分に廻された腕を抱きしめた。
今日は非道くし過ぎたかもしれない。彼を強く抱きしめながら思った。けれど、それは彼も悪い。
『お前の家は、いつ来ても誰も居ないんだな』
これは、今日、彼が家に入ったときに漏らした言葉だ。僕の気持ちを知らない、莫迦な言葉。
家には誰も居ないわけじゃない。誰も居なくしているんだ。
自分の気持ちに気づいたのは、彼と身体を重ねるようになってからだ。彼を抱くときにだけ、言いようのない嫌悪を僕は感じていた。その理由は、どうやら彼が好きだかららしかった。彼が僕の身体を求めるたびに、彼が欲しいのは僕の身体だけなんじゃないかと苛立ちを覚える。それが、嫌悪へとつながった。僕が欲しいのは彼のココロ。
当然、僕は彼女と別れた。特別好きだというわけでもなかったのだけれど、断るのが面倒だったというのもあるし、特定の誰かを作っておけばとりあえず周りは静かになるという理由で付き合っていた。だから、後悔なんてものは微塵もない。僕は。まあ、そのお陰でまた周りが煩くなりだしたけど。それも前ほど気にならなくなった。多分、彼という特別な存在が出来たからだろう。
けれど。彼は僕が別れたことを知らない。だから今でも僕の身体だけを求めてくる。それが頭にくるから、僕は自分の気持ちを彼には告げない。彼が身体を求めている間は、僕は彼を抱きしめたりはしない。絶対に。
叶うはずのない想いと、叶えるつもりのない想い。辛いのは、一体どっちなんだろうか。
………好きだよ。
ココロの中で呟き、彼を優しく抱きしめる。何だかとても滑稽な気がした。
多分、一番嫌悪すべきなのは自分自身で、最もくだらないのは僕の彼に対する想いなのだろう。
クダラナイ…。
冷えはじめた彼の首筋に顔を埋めると、柔らかい石鹸の香りがした。