紫色の空。月の訪れと共にやって来る、孤独な時間。
ここから見える星たちは、あんなにも綺麗なのに、残酷で。
僕を祝福してはくれない。
「もう、帰っちゃうの?」
「ああ。余り遅いと親が心配するからな」
機械的にバッグに教科書たちをしまう。彼の手は、いつも冷たい。
「部活の時はもっと遅いじゃない」
「部活ではないから早く帰らなければならないんだ」
「勉強でも?」
「勉強でもだ」
にべもない言い方に、僕は閉口した。バッグの口を閉じる音だけが、部屋に広がる。
どうして、いつもこうなんだろう。
「やだよ。今夜は一緒に居て」
彼の手を掴み、引き寄せる。交わす口付け。
「やっ、めろよ」
力は彼の方が強い。彼の理性を奪えない限り、僕に勝ち目はない。
離れてゆく、温もり。いつもと変わらない風景。切なくなる。
「オレはそんな気はない。そういうことをしたいなら、他の奴とやれ」
唇を何度も拭い、僕を睨みつける。その仕草よりも、その眼よりも。何よりもその言葉が僕を傷つけてるってこと、知らない?
「他なんてないよ。僕は手塚だけ…」
もう一度、その冷たい手を握る。視線を彼に預けたままで、掌にキスをする。
彼の顔に、僅かな変化。
「う、そを、吐くな」
少しだけ傷ついたような顔。僕から眼をそらす。何で、そんな表情をするの?
「嘘なんか吐いてないよ。本当。好きなんだ、手塚が」
彼が怖がらないように、ゆっくりと体を近づける。腕を回し、彼を優しく抱きしめる。
「ねぇ、手塚は?手塚は、僕のこと好き?」
耳元で、そっと囁く。彼の手が、僕の手に触れた。
「……好きだ、が」
「だったら…」
「駄目だ」
僕の腕は彼によって解かれた。彼は僕を見つめると、もう一度、呟くようにして否定の言葉を口にした。
彼の気持ちが、よくわからない。
「なんで…?」
「何でもだ」
「何もしないよ。誓うから。ただ、一緒に居て欲しいんだ。それでも、駄目?」
「……………。」
「……手塚?」
「……………駄目だ」
その言葉と共に、彼は立ち上がるとバッグを肩にかけた。
……帰っちゃうんだ。
でも、僕に彼を止めることは出来ない。本気を出してみれば、もしかしたらここに留めさせることくらい出来るかもしれないけれど。
何よりも大切だから。
無理強いはしたくない。
「……バイバイ。」
その背中に小さく手を振る。
別れのときほど、彼が振り返らないヒトで良かったと思うことはない。きっと、今の僕は酷い顔をしているだろうから。
「……じゃあな」
ドアの前で立ち止まり、それだけを言うと、彼は部屋を出て行った。
大きく溜息を吐く。彼がいないなら灯りは必要ない。電気を消し、ベッドに倒れこむ。
窓の外を見ると、真っ暗になった空に、いくつもの星たちと黄金の月が輝いていた。
綺麗すぎて、泣けてくる。
「……淋しいよ」
呟くと、僕はベッドに丸まって眼を閉じた。これからやって来る一人の夜をやり過ごす為に。