「っつ。」
二人しかいない部室に響いた、小さな呻き声。僕は慌てて振り返った。
「どうしたの?」
「いやぁ。やられちゃいましたよ。コイツに」
心配そうな顔の僕に苦笑すると、彼は日誌の1ページをひらひらさせた。
反対側の手。人差し指の先には、緋いモノ。
「ボクは紙に嫌われてるんでしょうかね。教科書なんかでもよくやっちゃうんですよ」
困ったように微笑った。指先から流れ出るものはそのままで。
「不二くんも気をつけてくださいね」
いつも僕の心配ばかりする。もっと、自分のコトを大切にして欲しいのに。
僕は溜息を吐くと、彼の隣に座った。その手をとる。
「大和くん、知ってる?こういう傷って唾つけとけば治るんだよ」
クスリと微笑うと、僕はその指を口に含んだ。広がる、鉄の味。
「ふ、不二くんっ!?」
「あはははは。消毒消毒」
顔を真っ赤にする彼。可愛くて仕方がない。僕よりも大きいヒト。
「全く。とんだいたずらっ子ですね、不二くんは」
「好きなヒトの体を心配するのは当然だよ」
クスクスと微笑う。
溜息を吐く彼の猫背が、ますます丸くなる。
「ねぇ、背筋伸ばしなよ。そっちの方がかっこいいよ」
彼の背に手を当て、ぐっと前に押し出す。
「痛たたた。わかりました。ちゃんと伸ばしますから。手、離してくれませんか?」
僕の手から負荷がなくなる。僕は頷くと彼から手を離した。
背筋をピンと伸ばした彼が、僕を見つめる。
「そうそう。忘れてました」
呟くと、彼は僕の顎を掴んだ。唇を重ねられる。深く。
「……大和くん?」
「消毒ですよ。ボクの血は汚いですから」
僕の目の前に血の止まった人差し指をピンと立てると、彼は照れたように微笑った。