輪とは少し距離を置いて、微笑む姿を見つけた。
淋しそうにも見える、その笑顔。何とか励ましてやろうと、少し、近づく。が、その原因を作ったのは他でもねぇ俺自身だということに気づき、足を止めた。
2枚のフェンス越しに、奴を見つめる。
気づけ、と強く願う。
「不二…」
小さく、その名を呟いてみる。
と。奴がこっちを見た。俺に気づいたのだろう。少しだけ、眼を見開く。
「跡部。」
そう呟く声が、聞こえた気がした。
お互いに見つめあったまま。長く感じる数秒間。
奴の感情は相変わらず読めねぇ。が、好ましくは思っていねぇことは確かだ。何せ、自分と恋人が離れることになった原因を作った人間だからな、俺は。
だが。憎まれてもいいから、少しでも長く見つめていて欲しいと思う。馬鹿げた感情だとは思いながらも。
柄でもないが、俺は奴に向かって小さく手を振ってみる。奴は、可笑しそうに笑うと、俺に向かって小さく手を振り返してきた。
それだけで、心が弾む。なんて単純な感情。馬鹿げてる。
勝つことでその笑顔を自分のものに出来るなんて考えていた。だが、実際はこれだけの距離を奴との間につくっちまった。
あの試合。色々な意味で、俺にとって無二のものとなった。後悔などはしちゃいねぇ。
そうだ。俺は俺の行動に後悔などしたことが一度もねぇ。そんなもんは弱い人間がすることだ。俺は言い訳なんかしねぇ。俺は俺自身を信じている。
だから、この距離も事実として受け入れるしかねぇ。
コートを挟んだ、フェンス2枚分の距離。
ギリ、とフェンスを握り締める。
「好きだ。」
口の中だけで呟く。
恐らく、奴には何を言っているのか解っていないだろう。見当さえつかないようだ。少し困惑したように、微笑した。
俺は、何も返さない。
と、誰かに呼ばれたのか、奴は俺から視線を外した。暫くして視線を戻すと、もう一度俺に小さく手を振ってきやがった。
別れの合図ってわけか。
不本意だが、この距離で引き止めることが無理だということはわかっている。
俺は小さく手を振り返した。
それを確認するように俺に向かって微笑むと、二度と振り返ることなく、奴は輪の中に溶け込んでいった。