「相乗効果、か。羨ましいな」
オレの隣に立つと、溜息混じりに不二が呟いた。
「………なんだ、行き成り」
不二を見る。その視線は、一番奥のコートに向いていた。
「あの2人。入部してからずっとああなんだよね。どっちかが先に出ると、必ずすぐに巻き返してくる。もう1年以上ああいう関係なんだよ。羨ましいよね」
クスリと微笑う。その不二の眼は、見守るような優しいもので。オレには決して向けることのない眼だった。
少し、あの2人が羨ましい。などと、思うのは馬鹿げているのだろうか?
「英二たちも、そうだよね。あの2人とは逆の関係だけど」
コートに視線を預けたままで不二が言う。その眼は、まだ、優しい。
「……そうだな。大石と菊丸は慣れ合うことなくいい意味でお互いを助け合っているからな」
「うん」
穏やかな大石と、賑やかな菊丸。性格の全く違う2人だが、理解しあい、信頼しあっている。だからと言って、決してなあなあにはならず、常に前へ進もうと努力している。
理想的な関係だと思う。
……では、オレたちの関係は?
「君たちも、そうだよね」
少し、淋しそうに不二が言った。『君たち』という言葉の意味が解らず、不二を見る。不二の視線は、コートの外、部室の壁を使って壁打ちをしている奴を見ていた。
「どういうことだ?」
「そのままだよ。彼は君を追い抜こうとしている。そして君はそんな彼に刺激されて、更に上を目指している」
「……………。」
「彼が入部してくる前は、君の相手は大和くんだったよね。世代交代って奴?」
不二の言ってることは何となく理解できたが、言わんとしていることがいまいち見えてこない。
確かに。越前が入部する前は、大和部長のような部長になろうとしていた。そして、今のオレは越前に触発され、多少ではあるが練習の量を増やしている。
これまで、部長としての考えしか持たなかったオレが、個人としてのテニスを考えるようになったのは、多分、越前の影響だろう。
だが、それが何だというんだ?
「互いに刺激しあう関係、か。君がちょっと羨ましいよ。腹立たしくもあるけどね」
「………腹立たしい?何故?」
「シーソーの相手として、いつも僕を選んでくれないから、さ」
「シーソー…?」
「ううん。こっちの話。気にしないで。解ってるんだ。僕と君は住む世界が違うってことくらい。僕には君と一緒に遊ぶ資格なんて、初めから持ち合わせていないんだ」
淋しそうに呟くと、不二はオレに背を向けて歩き出した。
シーソー?住む世界?遊ぶ資格?
よく解らない。言葉の意味を理解しようとしている間にも、不二はどんどんオレから離れていく。
……………。
「不二っ」
コートを出てしまった不二を追いかけると、オレはその腕を強く掴んだ。
「……手塚?」
オレの慌てように、少し驚いた顔をする。オレは不二から手を離すと、咳払いを1つした。
「シーソーよりも、ベンチに一緒に座るほうが、オレは好きだ」
「……………え?」
「その方が、触れることが出来るだろう?」
「…………。」
沈黙。
かけるべき言葉が、違ったのだろうか?
「いや、いい…忘れてくれ」
何だか急に恥ずかしくなってしまって。オレは慌てて踵を返した。
「ま、待って」
笑いを含んだ不二の声と共に、腕を掴まれる。振り返ると、案の定、不二は笑みを浮かべていた。
「そういう意味じゃないんだけど。でも、そういう考えもありだよね。うん」
クスクスと微笑いながら、何度も頷く。何だか、馬鹿にされてる気分だ。
「笑う、なよ。お前が意味不明な言葉ばかり言うから悪いんだろう?」
少しムッとするオレに、不二は何度か深呼吸をして息を整えると、優しく微笑った。
「でも、僕はシーソーより、ベンチのほうがいいな」
「もういい。忘れ――」
「ねぇ、手塚。僕は君に触れても良いってことだよね?」
オレの言葉を遮るようにして言うと、不二は手を伸ばしてきた。オレの頬に優しく触れる。オレは頷く代わりに、その手に自分の手を重ねた。
「………ありがと。」