透明なコップが、幾つも床に叩きつけられる。スローモーション。割れた硝子の破片が窓から差し込む陽の光でキラキラと輝きながら散らばって行く。綺麗だと思った。
 けれど。視界に入る、伸ばされたその手によって幻想は消え、僕は現実へと引き戻された。
「裕太、何をっ!?」
「寄るんじゃねぇ!くそ兄貴!」
「兄貴なんて言わないでよ。周助って…」
「うるせぇ!黙れよ!」
 散らばった硝子の破片を手に取り、僕の顔に向かって投げつける。
 大きい破片は避けられたけど。まとめて投げつけられた小さい破片は、眼を守ろうとした僕の腕やその所為で無防備になった頬を傷つけた。
 不思議と感じる痛みは無く、ただ、生温かいものが肌をつたう感触だけが伝わってきた。どうやら、少し大きめの破片が腕に刺さったらしい。
 その破片を抜き、つたい落ちる血液を、遡るようにして舐めとる。口内に広がる鉄くさい味に、思わず顔を歪めた。飲み込むことが出来ず、床に吐き出す。
 裕太が、何故こんなことをするのか、解らない。ただ、好きだと言って、ちょっと大人のキスをしただけなのに。
 裕太をこれ以上興奮させないように、ゆっくりと近づく。足を踏み出すたびに、硝子が音を立てて、僕の皮膚を傷つけた。それでも構わす裕太に近づく。
 裕太は小刻みに首を横に振ると後退さった。壁にぶつかり、行き場を失う。
「ひっ……よ、寄るんじゃねぇ。来るなよ」
 僕の腕から滴る血に、恐怖しているようだった。自分でつけた傷なのに。
 僕を追い払おうと、投げるものは無いかと辺りを見回す。でも、そこには壁以外、何も無くて。
「来んなよ。この変態!」
 苦し紛れの罵声を飛ばす。
 不図、裕太の掌に肌の色とは別の色を見つけて、僕は視線を落とした。そこにあったのは、僕の腕をつたうのと同じ色の液体。
「……裕太、血が出てる」
「やめっ…」
 足早に裕太に近づくと、僕は強引にその手を引いた。その場に跪き、裕太の掌にある緋を舐めとる。また、口内に鉄臭い味が広がる。けれど、今度は不思議と気持ち悪くはならなかった。量の問題なのか、それとも感情の問題なのかはわからなかったが。僕はそのままそれを自分の中へと取り込んだ。
「気持ち悪ぃんだよ。離せっ」
 空いているほうの手で、僕の頭を押し退けようとする。何故、そんなに嫌がるのか、解らない。
「早く消毒しないと、化膿しちゃうよ?」
 見上げると、裕太は何か変なものを見るような眼で、僕を見ていた。
「だったら手ぇ離せよ。兄貴が触ったら、よけい酷くなるだろ」
 僕の手を思いっきり振り払う。中途半端な姿勢をしていた僕は、その場に尻餅をついてしまった。
 裕太の眼からは、明らかに嫌悪の色が見て取れた。そして、頬を伝う、一筋の…。
「何で?何で、こんなことするんだよっ。オレ、兄貴、尊敬してたのに。何で、こんな…」
 力なく、壁にもたれる。両腕で顔を隠すようにして、裕太は泣いているようだった。
 泣かないで。そんな顔をさせたいわけじゃない。僕に、笑顔を見せてよ。
 立ち上がり、裕太の手首を掴むと、壁に押し付けた。涙を、舌で拭ってやる。
「兄貴、やめろよっ。離っ…」
 五月蝿いその口を、自分のそれで塞ぐ。
「んっ……ぁめっ」
 それでも、抵抗する。手の甲に走る、鋭い痛み。思わず、唇を離してしまった。
 射るような裕太の視線を無視して、自分の右手を見る。そこに刺さっていたのは、大きな硝子の欠片。どうやら、裕太はこれを隠し持っていたらしい。
「裕太。危ないから、破片、強く握っちゃ駄目だよ」
 強く握り締めていた所為か、裕太の手から、再び流れ始める血液。無理やり腕を引き寄せ、また、その掌を舐めてやる。
「やめろ、よ。兄貴。もう止めてくれ。オレの中の兄貴を、壊さないでくれよ」
 抵抗する気力も無いのか、裕太は涙を流すと哀願してきた。なんで、泣くのかわからない。
 昔は裕太の方が、僕が呆れるくらいに、僕を好きだって言ってくれてたのに。
「頼むよ、兄貴ぃ」
 裕太の体から力が抜ける。僕は裕太を引き寄せると、強く抱きしめた。その頭を、優しく撫でてやる。
「好きだよ、裕太。誰よりも、何よりも。裕太が好きだよ」
 喜んだ顔が見たくて。笑顔が見たくて。何度も耳元で囁いた。けれど、声も出さずに泣きじゃくっている裕太の耳には、もう何も届いていないようだった。





せっかく、不二くんが裕太だけを好きだって話なのに。何処までも不幸ね、裕太ι
病んでるなぁ、不二くん。クレイジーだよ。まあ、そういうのが本当は書くの得意だったりするんだけど(笑)
裕太くんの一人称がコロコロ変わってますね。「おれ」と「オレ」。最初は「オレ」だったみたい。どっかで入れ替わったようなので戻してみた。




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