「佐伯。ちょっと」
「何だ?不っ…………………ん……っぁ」
不意の、長すぎる口付け。開放されると、俺は大きく息を吸い込んだ。胸に手を当て、呼吸を整える。
何の前触れもなく、ふらりと家に来たと思ったら、これだ。
深呼吸を繰り返す俺を見て、不二がクスクス微笑う。
「ねぇ、佐伯。今日、泊まってってもいい?」
俺の手をとり、指を絡めてくる。逃れる術を知らない俺は、されるがままに体を倒された。唇を重ねられる。
「……ん。…ぁにか、あったのか?」
「何?」
「手塚くんと。また、喧嘩でも?」
「………さぁ?」
クスリと微笑う。開かれた眼の奥を覗いてみるけど。深海のようなその蒼は、俺には深すぎて。不二の心を読むことが出来ない。
諦めに似た、溜息。
「……佐伯のそういうとこ、好きだよ」
愉しそうにクスクス微笑うと、不二は直に俺の肌に触れてきた。俺は眼を閉じると、これから来るであろう快楽に身を委ねた。
好きだよ、か。
隣で、俺に肌を寄せることなく丸くなって眠る不二を見て、深い溜息を吐いた。
今の不二にとって、俺はどんな存在なんだ?
友達と言えるような清い関係ではない。だからと言って、恋人というわけでもない。不二の恋人は他にいる。
手塚国光。俺は彼に勝たない限り、不二を手に入れることは出来ない。この世で最も忌むべき人間。だが、感謝もしている。
不二が俺の所に現れるようになったのは、彼が九州に行ってからで。彼と共に過ごしていた時間を、俺のところで過ごすようになった。そして、彼が戻ってきた後も、こうしてたまに俺のところへ来てくれる。
初めて体を重ねたのは、不二が家に遊びに来た最初の日。
キスをしようと不二が言ってきたから、俺は唇を重ねた。もともと、不二のことは好きだったし。
友情と愛情は紙一重だ。好きだという気持ちに変わりはないし、独占欲だって存在する。違いは何かと訊かれても、俺にはわからない。
確実に解るのは、今の俺は不二に対して友情ではなく、愛情を抱いていること。それは、あの日、体を重ねたことが切欠になっているということ。それだけだ。不二の気持ちは解らない。俺を求めた理由も。
もともと、気まぐれな奴だからな。
溜息を吐き、不二を見る。額にかかっている髪を、そっと掻き揚げた。
『佐伯のそういうとこ、好きだよ』か。
好きだと言ってくれることは嬉しい。でも。出来ることなら…。
「俺全部、好きになってくれないか?」
呟くと、俺は不二の額に唇を落とした。