「なっ。すまん」
 俺の前で、両手を合わせて拝みこむ。
 暫く黙ってると、恐る恐る、といった感じで、大石が顔を上げた。
「仕方が無いだろ?なっ、頼むよ」
 何度も俺を拝む。
 そんなに手を合わせなくっても…。俺は地蔵じゃないっつーの。
「分かった」
 溜息混じりに、呟く。
「本当か?」
 それだけで、大石の顔はパッと明るくなる。
 何だよ。俺がどんな気持ちで了承したと思ってんの?
「でも、そのかわし、来週の日曜日はぜーったい、空けといてよ」
 だからといって、俺がここでテンション下げちゃったり駄々こねたりしちゃうと、大石に迷惑かけちゃうから。精一杯の笑顔をつくる。
「ああ。悪いな、いつも迷惑ばかりかけて」
 俺の演技にころっと騙される。それがなんか、すっげームカつくから。
「しょーがないよ。だって、大石は、ぶちょー代理さんなんだからさ」
 思いっきりイヤミったらしく言ってやった。
「そうだな。手塚がいない今、俺が動くしかないからな」
 でも、天然の大石はそんなの全然スルーで。持っていた資料だかなんだか分からない紙を見つめ、ブツブツと呟きだした。別に俺に聞いて欲しいわけじゃない言葉たち。嫌になる。
「んじゃ、俺、今日は不二と帰っから」
「ああ、悪いな」
 大石は紙から目線を上げること無く、呟いた。



「なーんだよ。大石の奴。ひっでぇと思わない?」
 帰り道。俺はさっきっから大石の愚痴ばかりだ。横で困ったように微笑いながら、大人しく話を聞いてくれているのは、不二。俺の親友。
「なぁなぁ。手塚もそうだったの?」
 思わず、その名前が出ちゃって。ちょっと失敗しちゃったかな?と思った。でも、不二はそんなの気にしてないみたい。困った笑みはそのままだ。
「うーん。そうだなー。手塚が居たときは、他校に練習試合の申し込みなんて滅多にしなかったし。それに、そういうのは大体向こうから申し込んで来てたからなぁ」
 そうだよな。大石の奴、なに張り切ってんだか。乾の練習メニューだけでも、充分強くなれそうなのに。わざわざ他校との練習試合なんて。
 というか、何でそんな雑用を大石がしないといけないわけ?竜崎先生とか乾とかがやれば良いじゃん。
「でも、手塚は僕に嘘を言ってよく病院に通ってたからね。週末じゃなかったけどさ」
 淋しそうに不二が言ったので、俺の大石に対する怒りは少しだけ弱まった。
「まあ、それは大石も同じか。ごめんね、手塚の所為で」
「………仕方ないよ」
 とは言いつつも、よくよく考えてみると変な話だ。何で手塚は不二に内緒で大石と二人きりで病院に行ったんだろ?大石だって、別に叔父さんがいる病院だからって毎回手塚に付き合わなくても良いのに。
「でも、淋しいよね。いくら迷惑をかけない為だからっていってもさ」
「……にゃ?」
「手塚にしろ、今回の大石にしろ。僕や英二に心配や迷惑をかけないようにする為に、全部独りで背負い込んじゃってるんだよ。別に、他校への練習試合なんて誰が頼んでも同じだし、だから別に大石ひとりで頼みに行かなくてもいいんだよね」
 同意を求めるみたいに、不二が俺を見て微笑った。
「……うん」
 そっか。そうだよな。別に大石ひとりで行かせなくてもいいんだ。俺がついてってもいいんじゃん。
「英二はさ、大石と一緒にいられないって怒ってるんでしょ?」
「うん」
「だったら、方法はいくらでもあるよ。多分、まだ大石は部室に居ると思うから。行ってみたら?」
 俺の肩を掴み、方向転換させる。
「うん」
 頷いて、数歩踏み出して、思いつく。
「……でも」
「ん?」
 振り返ると、笑顔の不二。
「不二は、いいの?」
「何が?」
「俺が大石のところいっちゃったら、ひとりで帰ることになっちゃう…」
 偶然に会ったらしい不二の姉ちゃんの車に乗って帰ろうとしてたところを、無理矢理徒歩で帰宅させるようにしたのは、俺だ。
 そんな俺が、不二を置いて帰るなんて…なんか、すっげー最低じゃん?
「優しいんだね、英二は」
 背伸びをして俺の頭に手を乗せ、撫でる。不二は困ったような笑みを浮かべた。
「でも、僕は平気だよ。英二のその気持ちだけで充分。それに、ここ最近はいつもヒトリで帰ってるしね。途中までだけど、誰かと帰ったのなんて久しぶり。楽しかったよ」
「あ……。」
 そっか。手塚は居ないんだっけ。
 俺は、大石とちょっと会う時間が減っただけで愚痴ってたのに。不二はもう1週間は会ってないんだ。しかも、いつでも会えるわけじゃないし、その『いつ』がいつ来るのかも分からない。
 なんか、俺、すっげー情けない…。
「そんな顔、しないでよ。ほら、早く行かないと、大石とすれ違いになっちゃうよ?」
 急かすように不二は俺を方向転換させると、背中を押した。
「じゃ、またね」
「う、うん。またにゃ…」
 小さく手を振る不二に、俺も小さく手を振り返す。でも、申し訳なくて、なんか、前に進めない。
「ほら、走って」
 後ろから、不二の声。そうだ。せっかく不二がいいって言ってくれたのに、ここで俺が大石にちゃんと言えなかったら、それこそ、情けない。申し訳ない。
 急かすような不二の声に、半ば押されるようにして、俺はもと来た道を走り出した。



「大石っ!」
 部室のドアを乱暴に開ける。
「……英二。」
 俺の勢いに驚いたのか、大石は呆けた声で俺を呼んだ。
 一応、他には誰もいないことを確認して。椅子に座ってる大石に抱きついた。
「わっ、え、英二!?」
 俺の勢いが酷かったのか、パイプ椅子はカンタンに揺らぎ、そのまま後ろに倒れてしまった。
「……いてて」
 頭を打った大石が、俺の下で顔を歪める。
「ご、ごめん」
 俺は慌てて起き上がると、大石の手をとって体を起こしてやった。本当はそのまま抱きしめちゃっても良かったんだけど。あのままだと、大石の身体にパイプ椅子でアザができちゃうし。
「……ったく。どうしたんだ?不二と一緒に帰ったんじゃなかったのか?」
 腰を打ちつけたらしい大石は、そこをさすりながらパイプ椅子を立て直した。俺も壁に掛けてあったパイプ椅子を立て、座る。
「大丈夫。不二に許可もらってきたから」
「はぁ?」
「だから、俺、ずっと大石の傍に居る」
「ちょ、待て、英二。何のことを言ってるんだ?」
 大石は俺の肩に手を置くと、落ち着け、と俺に言った。その頭の上には大きなハテナが浮かんでる。
 あ。いっけね。いつもの癖だ。
「だからね。俺、明日の練習試合の交渉、大石と一緒についてく事に決めたの」
「……なっ」
「今更駄目だって言っても駄目だかんね。俺、もう決めちゃったもん。ぜーったい、大石の傍に居るんだって。いっつも大石の頼みきいてやってんだから、これくらいの我侭通してもいいっしょ?」
「………英二」
 大石の顔が、困ったようなそれになる。何でそんな顔すんの?これじゃ、俺ばっかりが大石に無茶言ってるみたいじゃん。
「俺だってね、毎回納得して了承してるわけじゃないんだかんね。いっつも大石は部活のことばっか考えてて、俺のことなんて二の次で。頭に来るよ。こんな俺だって、淋しいって思うんだかんね」
 ちょっと愚痴を漏らし始めたら止まらなくなっちゃって。俺は溜まっていた不満を早口でぶちまけた。大石の顔が、みるみる歪んでいく。
「わ、わかったよ。俺が悪かった。だから泣くなよ。な?」
 オロオロとした大石の声が聴こえてくる。情けない。俺も大石も。みんな情けない。
「とりあえず、涙、拭こうな」
 真っ白いハンカチ。大石の手から受け取ると、俺は涙を拭いた。ハンカチを返し、鼻をすすって、大石を見る。
「だから、俺、明日は嫌だつっても絶対ついてくかんね」
「わかったよ」
 溜息と共に吐き出される言葉。大石は苦笑すると、俺の頭を撫でた。
「わかった。悪かった。英二の気持ちを考えもしないで」
 優しすぎる眼と声。また、泣きそうになる。
「じゃあ、これからは一緒にいてくれる?」
「ああ。一緒にいるよ。約束する」
 はっきりとした声。嘘じゃないみたい。こういう時の大石は、律儀なくらい約束を守ってくれるって知ってる。
「……うん。ありがと」
 また滲みかけた視界で大石を見ると、俺は微笑った。





※70は大石が嫌いなワケではないです。(いいとこナシですよねι)
※菊丸が受けだと決まっているわけではないです。(泣き過ぎですよねι)
菊大のが好きだが。菊丸の方が大石を好きすぎるのでこうなってしまう。
大石は全体的に優しい。全体的に優しいって、優しくないのと同じだよね。「性格」になっちゃうから。
……エージ可哀相……。※70は大石が嫌いなワケではありません。




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