窓に当たる雨音。うるさくて、眠れない。幼い頃はそれがずっと怖かった。今は、ただ、淋しいだけだ。あの時に感じた温もりがねぇから。
今日みたいな夜は、真っ暗になった天井を見上げる。手の中で弄ぶ光。一定の間隔で聴こえる音を数えていると、次第に瞼が重くなってくる。
最近、オレが覚えた睡眠薬。
それまでは、兄貴の温かい手だった。
動きを止めると、オレは光る画面を目の前に持ってきた。アドレス帳を開く。登録ナンバーで一番初めに出て来た名前を、唱える。
誕生日に送られてきた時には、家族の代名詞が使われていた。それを名前に直したのは、おれ。だって、これがオレの素直な気持ちだから。
発信ボタンを押そうとして、指を当てる。そこから、先が、動かねぇ。
いつも、そうだ。
多分、兄貴のことだから、電話で一言、会いたい、と言えば飛んできてくれると思う。こんな夜中でも、一般人の立ち入りを禁止されている場所でも。
それが嬉しくもあり、辛くもある。
たかが弟に、そこまで優しくしないで欲しい。変な期待を抱いちまうから。
兄貴には越前とか言うチビがいるし、オレは弟としてしか見られていないってことくらい理解ってるけど。いいや、理解ってる分、妙な期待を抱くのかもしんねぇ。自分の恋人よりも、たかが弟を優先してくれるんだから。
兄貴自身、気づいてないんじゃないのか?とか、そんな風に考えちまう。オレが、そうだったように。
兄貴から離れて暮らすようになるまで、自分の気持ちには全然気がつかなかった。正直、あの頃の兄貴をウザったく感じてたから、離れ離れになってせいせいしたと思ってた。
でも、それは違ったんだ。
中学に入った兄貴は、生活が毎日充実してて。オレのことなんかどうでもいいって、そんな感じがした。兄貴の口から出て来る知らないクラスメートの名前を聞くたびに、イライラした。ただ、単純に、オレの知らない兄貴がいるという事実に、腹が立ってたんだ。
今更だ。離れてから理解ったって、もう、戻れねぇ。兄貴とオレとの間にはそれだけの時間差が生まれちまったんだから。
それでも。嫌われてないってのが理解って嬉しかったのか、最近は兄貴から連絡が来るようになった。この携帯も、連絡をとりやすくする為に兄貴がプレゼントしてくれたものだ。
『――会いたいよ。』
突然の電話。兄貴からの最初の言葉が、それだった。
都大会決勝が控えているのに、オレと試合なんかしていいのか?と思ったけど。その優しい声にひかれて、オレは素直に会いに行ったっけ。
なんで、兄貴はあんな簡単に、会いたい、なんて言えんだろ。
オレには無理だ。だって、いちいち理由をつけなきゃなんねぇだろ?理由なんて要らない、なんて。それは兄貴の特権だ。やっぱ、オレには無理。一生。多分、きっと、この気持ちも告げられない。だって、兄貴を好きな理由が、見つかんねぇんだ。どこにも。
「……会いてぇよ。周助っ……」
いつの間にか明かりの消えてしまった携帯を握り締める。
それ以上は望まねぇから。今日みたいな夜は、せめて昔のように手を握っていて欲しい。
「しゅうすけ……」
もう一度、呟く。その瞬間、消えたはずの明かりが画面に灯って――。