「どうして英二はそんなに楽しそうなの?」
俺よりも楽しそうな顔をして、訊いてきた。
「楽しいからだよん」
向かってきた球と一緒に、飛び跳ねながら言葉を返す。
「どうして英二はそんなに高く飛ぶの?」
俺の球を難無く打ち返すと、また、訊いてきた。
「楽しいからだよん」
同じ言葉を繰り返す。
「ねぇ、英二」
不二の動きが止まり、その横を俺が返した球が通り過ぎる。カシャンと弱い音を立てて、球はフェンスにぶつかった。
「にゃーに?」
「僕は君になりたいな」
複雑な笑みを見せる。
「ほえ?」
「ちょっと思っただけだよ」
頭にハテナを浮かべる俺に背を向けると、転がっている球を拾った。ベンチに座る。乱打は終わりってことらしい。俺は不二に駆け寄るとその隣に座った。
「英二はさ、なりたいものとかってない?」
大石までとはいかないけど、不二は俺にタオルを渡した。サンキュ、と呟き、それを受け取る。
「にゃりたいもん、ねぇ…」
ちょっと、考えてみる。珍しく、真剣に。
不二は将来の夢っては言わなかった。だから、そういうんじゃなくていいんだと思う。だったら…。
「俺、カンガルーになたいにゃー…」
「………は?」
俺の言葉に、間をおいて不二が聞き返してきた。不思議なもんを見るような目つきで。
ひっでぇな。俺、これでも結構真剣なのに。
「だからっ、俺、カンガルーになりたいって言ってんの」
「なん、で?」
「俺さ、俺さ、もっと高く飛びたいんだよね。でさ、考えてみたんだけど。前世、カンガルーだったのかもって思うんだ。ピョンピョン跳ねるの。きっと楽しかったんだろうな。だから、俺、もっかいカンガルーになりたいっ」
立ち上がり、太陽に向かって拳を握って見せる。どう?少しは真剣さが伝わったっしょ。
「ぷっ……。あははははっ」
でも、後ろから聞こえてきたのは、バカみたいな不二の笑い声で。
「にゃに笑ってんだよ」
頬を膨らせると、俺は振り返った。
「…随分、断定的に言うんだね。前世がカンガルーだなんてっ」
女の子が微笑うように、不二は自分の口に手を当てて笑っている。その目許には、涙。
あーあー。そんなに可笑しいか。
「笑うなよぉ」
いつまでも笑いが治まらない不二に、脱力したように言うと、俺はベンチへと座りなおした。なんか、そんなに笑われると力説した自分が恥ずかしくなってくんじゃんか。
「ねぇ、英二」
まだ、笑いを引き摺った口調。
「何だよ」
「カンガルーって、『にゃー』って言わないんじゃない?」
俺の顔を覗き込み、ニヤリと微笑う。くっそー。完全に遊ばれてんじゃん、俺。
「じゃあいい。もう『にゃー』って言わないもん」
ベーっと不二に舌を出して見せると、俺は背を向けるようにして不二の肩に寄りかかった。ベンチに両足を乗っけて、準備完了。体重をかける。
「英二…重いよ…」
「うるさいっ」
「……何?怒ってんの?」
「怒ってにゃ……怒ってないっ。俺、心広いから。」
「へぇ……」
意味深な、不二の声。
「にゃ、何だよぉ」
「別に」
クスリと微笑う。背を向けてるから、不二の顔なんて理解んない。ムッカツクから、もっと体重をかけてやる。
「って。わあっ」
「あはははは」
立ち上がった不二は、頭を強かに打ちつけた俺を見て楽しそうに笑った。
「ったく。いきなり立ちあがんなよな」
体を起こすと、俺は頭をさすった。こぶ、出来てないよな?
「ごめんごめん」
顔の前に、指そろえた右手を持ってきて謝る。でも、誠意なんて全然感じられなくて。口元は微笑ったままだ。
「ま。いいよ。俺、心広いしねん」
全然、頭は痛いんだけど。
俺の心の内を知ってなのかなんなのか、不二は俺の隣に元のように座ると、後頭部をさすりながら、痛いの痛いの飛んでいけー、と言って微笑った。
「バッカにすんなよ」
「可愛いと思うけどな」
突然の、真剣な声。
「ほえ?」
「『にゃー』って」
俺の眼を見ると、不二は微笑った。バカにするとかそういうんじゃなくて、いつもの、一歩引いて皆を見てるときみたいな、優しい笑み。
「きっと、大石もそう思ってるよ」
今度は、ちょっと意地悪な笑み。不二の口から出てきた名前に、自然と顔が赤くなる。
「大石と一緒なら飛べるかもね」
「ほえ?」
「もっと高く、さ」
微笑いながら不二がコートの隅を指差す。
「……おーいし」
そこには、病院から戻ってきた、包帯のない大石がいた。