嗚呼、神サマ。如何したら、ボクの想いが彼に見えるようになるのでしょうか?



 マネージャーという役柄はとても便利。偵察と称して、いつでも彼の元へ足を運ぶことができる。本来なら、惜しくも引退してしまったボクではなく、新しいマネージャーにさせることなのですが。そこはそれ。キミたちだけでは心配ですから、とね。それなら偵察じゃなく現場で指揮しろと言うのが普通なのですけれど。裕太クンを筆頭とした単純な部員達はボクを信じきっているので。嗚呼、観月先輩って、なんて後輩想いな先輩なのだろう、と。罪悪感?そんなもの、あるわけないじゃないですか。そもそも罪悪なんてヒトそれぞれですし、そんなの気の弱いヤツが抱く感情に他ならない。ボクはいつだってボクが正しいと思って行動しているんですから。
 そして今日も、青学の敷地内に忍び込み、木々の陰から彼の姿を窺う。写真ではフラッシュが必要になってしまうので、ビデオで撮る。余計なものが写り込んでしまいますが、それはあとで幾らでも編集できますからね。もちろん、このカメラには防水加工としてビニール袋を被せてあります。聞いた話、勘のいい彼は、他の偵察に来ていたヤツらに水を浴びせ、撃退させたらしいですから。嗚呼、なんてステキなエピソード。その場に居合わせることが出来なかったのが心残りではありますが。その時は彼の魅力に気付いていなかったのですから、仕方がありません。
 嗚呼っ。彼がコートに入りました。どうやら、これから試合形式での練習を始めるようです。
 見つからないように、ひっそりと且つ迅速に行動を開始する。彼の表情が良く見える位置に。ここからだと彼との距離はかなりのものになってしまいますが、そのステキな表情を見るためには仕方がありません。それに、高性能のこのビデオカメラ。ズームなんてお手の物です。手ブレだって補正してくれます。それに、自宅に帰ってからパソコンで編集することもできますし、ね。
 それにしても。何故、ダブルスの試合なのでしょうか?これでは、彼の実力が発揮されないじゃないですか。ああっ、ほら。そんなんじゃ駄目ですよ。何なんです?あの乾とか言うデータ男。ボクの真似をしたいのか何かは知りませんが、彼の邪魔ばかり…。どうせなら、ボクと組ませてくれればいいのに。彼の良さを理解しているボクなら、幾らでも彼の力を引き出すことが出来る。断言してもいいです。
 裕太クンではなく、彼がルドルフに来ていれば…。
 嗚呼、だからと言って、今更彼がルドルフに入った所で、テニスは出来ないわけですが。
「………っ!?」
 一瞬、背筋が凍るような視線を感じて、ボクは辺りを見回した。だけど、視界に映るのは何の変哲もないテニス部の練習風景だけで。
「何だったのでしょう、今のは…?」
 多少疑問は残ったものの、ボクは気を取り直すと、彼の撮影を再開した。


 ビデオについている小さな液晶モニターで今日一日の彼を見ながら、帰路を辿る。
 結局、今日も彼にボクの存在を気付いてもらえませんでした。勘のいい彼のことだから、ボクの存在に気付いてくれてもいいはずなのに。とはいえ、気付かれたら追い出されるのがオチでしょうけれど。それでも、ボクの気持ちが彼に届いたということにかわりはないのですから、やっぱり気付いて欲しい。
「嗚呼、神サマ。どうかボクのこの想いを彼に届け……っぁ。」
 ゴキッ、という背骨の鈍い音と共に、ボクは前のめりに倒れた。振り返ると、十六文キックのように足を上げた状態でボクを見下ろしている彼。
「不二クンっ」
「………観月。久しぶりだね」
 彼は足を地に着けると、喉の奥で微笑った。夕陽を吸収して、その眼が紫色に輝く。その色、ボクとお揃いですね。今の貴方が纏っている雰囲気にマッチしていて、とてもイイ感じです。んふっ。やっぱり、貴方はステキです。そして、その隣にボクがいたら、もっとステキな絵に…。
「ブツブツ言ってないで、さっさと立ったら?見っとも無いよ」
 彼のバリトンが胸に響く。これはボクにだけ向けられる特別な声色。トクベツ。イイ言葉です。
「じ、自分で蹴り倒しておいて。勝手ですね」
 胸の高鳴りを隠すように、悪態を吐く。ボクは立ち上がるとカラダに付着した砂埃を掃った。それを黙って見つめる彼の冷たい視線が、刺さる。
「しつこいよ、お前」
「は?」
「だから、しつこいっていってるんだよ。いい加減にしてくれないか?」
 面倒臭そうに言った彼が顎で指したのは、地面に転がっているビデオカメラ。
「あっ…」
 彼が現れたことで、すっかり忘れていた。拾おうと、慌ててそれに手を伸ばす。
「……っく」
「ふ。」
 ボクの小さな悲鳴と、彼の勝ち誇ったような笑い声。ビデオに触れたボクの手は、彼の足によってその先の行動を制限されてしまった。ギリギリと手に痛みが走る。
「痛っ……は、なしって…くださ」
「何をしていたんだい?」
 ボクの声は聞き入れられず、彼が言葉を重ねる。
「何が目的?」
「何の事、です?」
 見上げるボクに、彼は冷徹な笑みを浮かべた。瞬間、ゴリッという音がカラダ中に響いた。彼の足が、ボクから離れる。そして、遅れて感じる、手の痛み。
「ぁっ……」
「痛い?でも、裕太はもっと痛かったんだよ?」
 クスクスと、彼の笑い声が頭の中に広がっていく。痛みにか、恐怖にか、それとも他の感情にか。流れ落ちる気持ち悪い汗。ボクは痛めていない左手でビデオカメラを取ると、立ち上がった。痛みを堪えるので精一杯で、カラダについた砂を掃う余裕なんてない。
「ねぇ。僕が気付いていないとでも思った?君のその気持ち悪い視線に」
「………っ」
 痛みの所為か、呼吸が荒くなる。ええと、さっき、彼はなんて言った?
「毎日毎日さぁ、ウザいんだよね、ホント。僕に用があるなら、こそこそ隠れてないで直接言えばいいだろ?ムカつくんだよね、そういうの」
「貴方の戦略だって、似たようなもの。でしょう?」
 彼を睨んで、悪態を吐く。けれど、ボクは今にも笑い出しそうだった。気付いていてくれた!彼が、ボクの想いに気付いてくれていた!
「はっ。君のストーカー紛いの行為と一緒にして欲しくないな。少なくとも、僕はそんな風に隠れて相手のデータなんか採らないよ。ああ、この事は余り言えないか。うちにもそういう人間、いるからね」
 クスクスと、愉しそうに彼が微笑う。ボクも思わず笑いそうになってしまい、眼を逸らした。ここで笑ったりなんかしたら、また、彼に暴行される。……でも、それもいいかもしれない。彼の付けた傷痕。ボクと彼を繋ぐモノ。悪くない…?
「だから、そこでブツブツ言ってないで、言いたいことがあるんだったら直接言えばいいだろ?」
「え?あ……」
 思わず彼の眼を見てしまい、ボクは凍った。紫色の眼がとても綺麗で。畏敬の念すら抱いてしまいそう…。
「僕と試合したい?今からでも打つかい?」
 腕を組み、眼を細めて微笑う。何度やっても勝てないよ、そう聴こえた気がした。でも、不思議と腹は立たない。きっとボク自身、理解っているのでしょう。彼に勝つことが出来ないと。望んで囚われている者に、その資格はないということを。でも、それでいいんです。ボクの望みはそんな小さなことではないのですから。
「し、試合は結構。それよりも、どうしてボクが毎日貴方のデータを採っているのか、知りたくないですか?」
「別に。どうせくだらない理由だろ?」
 相変わらず、連れないですね。
「んふっ。本当は知りたいくせ――」
「どうでもいいから、もう二度とつけまわすなよ。目障りなんだ。データなら、乾からでも貰ってくれればいい」
 ボクの声を遮る、バリトン。全身が総毛立つ。
 多分、次、彼を観察しに行ったら確実に殺される。………どうする?青学の公式試合が来週にあるからといって、彼まで順番がまわってくる可能性は低い。そうなると、今ボクに向けられているような綺麗な眼は、きっと見れないで終わってしまう。
 どうする?
「………じ、条件、が、あります」
「条件?」
 ボクの言葉に、彼が意外そうな表情をする。ボクは思わず生唾を飲み込んだ。痛みからなのか恐怖からなのか緊張からなのか、その全てか。もう何がなんだか理解らない汗が、喉元を伝う。
「そうです。条件。もし、飲んでいただけるのなら、今後、青学には足を踏み入れません」
「……へぇ」
 嘲笑うかのような、眼。ゾクゾクする。仕方がない。とりあえず、あと半年ちょっとの辛抱です。それに、別に青学に行かなければいいだけですから、その気になれば自宅に忍び込む事だって出来る筈。
 それまでは、これを思い出して過ごしますよ。
「き、キス、してください」
「………は?」
「だ、だからっ、キスしてください。それが、条件です」
 恥ずかしさに、俯き、目を強く閉じた。彼からの蹴りが来ることを予想して、体が強張る。けど、その代わりに来たのは、肩への柔らかな重み。
「観月。」
「は、はい…」
 驚くほどの優しい声に、恐る恐る顔を上げる。と、視界は真っ暗で。唇に微かな温もりを感じた。
「…………これで、いいんだろ?」
 また、いつものバリトンで言うと、彼はボクを突き飛ばした。呆然としてたから、尻餅をついてしまう。
「約束、守れよ」
 凍てつく眼でボクを睨みつけたあと、彼は振り返ること無く何処かへ消えてしまった。
 感触を確かめるように、唇に手を当ててみる。
 間違いじゃない!夢じゃない!嗚呼、神サマ。いつもは全然信じてないけれど、今日だけは貴方を信じてもいいような気がします。

 でも、もうちょっと欲を言うなら、ボクからのバラ色の可視光線、歪曲させないでちゃんと彼に届けてくださいね。





あっは〜ん。幸せな不二観なんてム〜リ〜っ(笑)。
これでも観月くんは幸せなのよ。ちぅしてもらったしね♪
難しいなぁ。乙女にしなけりゃいいのかもしれないけど、観月は乙女にしか見えないしι
あ。アタシ、観月好きですよ。大分酷い目にあわせてますけどね。愛情の裏返し、裏返し♪(←違います)



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