どうしたもんか。
海堂との初デート。野郎二人で遊園地というのもどうかと思うが。それなりに来た甲斐はあった。
ホラーが嫌いなくせに強がりな彼は、俺の思惑通りに勢い勇んでお化け屋敷へと入っていった。そして、案の定、俺にしがみついた状態で、お化け屋敷から出ることとなった。
その他のアトラクションなんかも無難にこなし。デートは順調。そして今は夕暮れ時。
普通の恋人同士なら、絶好のシチュエーションなんだろうが。
どうしたもんか。
逃げ場のない個室。ゆっくりと上昇する体。風が吹くたびに軋む音が聞こえてくる。
せっかくの二人きり。周りに邪魔者は居ないといえば居ないから、一目を気にせずにキスくらいは出来る筈。
ここは制限時間ありの異世界。
「……先輩、見てくださいよ。夕日、綺麗っすよ」
学校でも部活でもないのに、敬語が取れない、俺の可愛いコイビト。
「そ、そうだな」
でも、そんなことは構ってられない。俺は震える声を必死で抑えると、恐る恐る景色を見た。
……た、高すぎる。
まさか部活一背の高い俺が、高所恐怖症だなんて、勘の良い不二以外は知るはずもないそれに、かっこ悪いし、今更そんなこといえない。みすみす二人きりになるチャンスを逃すような真似もしたくなかったし。
でも、これはいくらなんでも、高すぎる。
ジェットコースターのような景色をじっくりと見る時間のないモノは平気なんだ。それが平気だから、余計に、観覧車が苦手だなんて…言えない。情けない。
「……そっち、座ってもいいっすか?」
「へ?」
俺が確認する間もなく、彼は立ち上がった。ゴンドラが揺れる。
「わっ、ちょ…ちょっと待て」
「……なんすか?」
「海、堂がこっち来たら、傾くだろう?」
「…………。」
変に、思ったか?
「…………ちっ」
何か反論してくるかとも思ったが、舌打ちをすると海堂は元居た場所に座りなおした。とはいえ、相当機嫌を悪くしてしまったらしい。険しい眼つきで外の景色を眺めている。
ああ、何か言わなければ。
せっかくここまで順調に来たのに、この状態のままデートを終えるのはまずい。非常にまずい。
「あ、あのな、海堂。これは――」
「いいっすよ、無理しなくても」
俺のほうを見ることなく、言った。これは、相当重症だ。怒ったというよりも拗ねているというか凹んでいるというか…。
「いいっすよ、別に。今日一緒に入れただけで楽しかったっすから」
ぼそぼそと言う。不覚にもこの海堂の言葉を嬉しいと思い、俺はその先に言うべき言葉を無くしてしまった。
無言のままで過ごす、数分間。
俺の命は無事に地上へと降り立ったわけだが…。
「さ、さっきは悪かったな海堂」
ホッとしている俺を尻目にさっさと先を歩く彼を慌てて追いかける。手を、繋ぎたいが、さっきの罪悪感のようなものが、俺を躊躇わせている。
後ろに居るから、彼がどんな表情をしているのか解らない。でも、猫背度合いがいつもよりも酷いことから、楽しんではいないということだけは解る。
「先輩。おれ、怒ってんすけど」
突然、足を止めると彼は振り返った。威嚇するように俺を見上げる。
「だから、悪かったって」
「それ、何に対して謝ってんすか?」
「何にって…」
観覧車ごときに怖気づいてしまって、海堂の誘いを断ったことに、だけど。そんなこと言っちゃうと、俺が高所恐怖症だってばれるしなぁ。
「俺、知ってたっすよ」
「へ?」
「先輩が高所恐怖症だってこと」
「なっ…」
何でばれた?どこからバレた?俺はそんなに顔に出していたのか?
「不二先輩からきいたっす」
「………あいつか」
ああ。不二の意地悪な笑みが浮かんでくる。
「あのヒトには教えて、何でおれには教えてくれなかったんすか?」
「…不二には教えたわけじゃないよ。勝手に気づいたんだ」
「でも、俺に教えてくれなかったことには変わりないっすよ」
呟くと、彼は顔を伏せた。ああ、そうか。そのことに怒ってたんだ。
「だって、かっこ悪いだろ?高所恐怖症だなんて」
溜息を吐きそうになって、堪える。きっと、溜息を吐きたいのは彼のほうだ。代わりに笑みを見せると、俺は彼の頭を優しく撫でた。
「別に。俺は先輩がカッコイイと思ったから好きになったわけじゃないっすから。そういうとこも、全部、知りたいっす」
顔を上げた彼の眼が、潤んでいる。全部知りたいって言ってくれるのは嬉しいけど。
「それって、喜んでもいいのかな?」
「……喜べないっすか?」
かっこ良いと思われていなかったのは、ちょっと…。でも。まあ、俺も海堂のことをかっこ良いと思ったから好きになったわけでもないし。
「そうだな、嬉しいよ。ごめんな、海堂。お前の気持ちをわかってやれなくて」
頭を撫でていた手を、下げる。彼の手が、俺の手に触れた。
「別に。いつものことじゃないっすか」
少し頬を赤くすると、彼は俺の手を強く握った。