「プラネタリウム。」
「?」
頭にハテナを浮かべるオレにクスクスと楽しげな笑みを浮かべると、理科室にある暗幕を閉め始めた。電気を点けていなかったので、あっという間に教室は暗くなる。
鳥目なオレは、不覚にも動くことが出来なくなってしまった。
「不二?」
手探りで、呼びかける。
「…………。」
返ってきたのは沈黙。少しだけ、不安になる。
「不二っ」
「なんだい?」
今度は少しの空白もなく、声が返ってきた。不二の手がオレの手に触れる。安心の溜息。不二がクスクスと微笑う。
……謀られた……?
「手塚って、眼、弱いよね。視力悪いし、鳥目だし」
指を絡め、愉しそうに微笑う。唇に感じる温もり。
「こう暗いと、何されてるか判らないんじゃない?」
「……何となく、判る」
呟くようにして答える。少し、顔が赤くなった気がするが。この暗闇のお蔭で、不二にはそれが伝わっていないと思う。
「ドキドキしてる」
「………っ。」
胸に何かが触れた。そこから聴こえる声。どうやら、不二はオレの胸に耳を当てているらしい。この暗闇。そのうち目が慣れるだろうが、それまでは不二のいいようにされるしかないようだ。こいつは猫のように夜目が利く。
「闇が在るから、光の存在を認識することができるんだよ。その逆も然りだけどね」
温もりが消える。不二の声が、遠くから聞こえた。
「でもね。光の中にいる限り、闇は見えないんだ。闇から光は良く見えるけどね」
「……言っていることが、よく理解らんが」
「君では、僕の本当の姿を見ることが出来ないってこと。でも、逆に僕からは君の姿が良く見える。この暗闇の中で、君は眩しいくらいの輝きを放ってるからね」
不二の笑い声が聴こえる。けれど、それが何処から聴こえてくるものなのか理解らない。この教室に反響して…。可笑しい。そろそろ目が慣れてきてもいい頃なのに。
「不二っ…」
「手塚。上、見て」
不二の声に導かれ、オレは顔を上に向けた。と、思う。もう、方向感覚すら危うい。
と。天井に光の粒が現れた。光源を辿ると、その光に照らされた不二。
「プラネタリウム。初めに言ったでしょ?」
天井を指差し、クスリと微笑った。
そう言われて、改めて天井を眺めると、光の粒が星に見えてきた。蛍光灯などで歪んだりはしているが、確かに、この教室が宇宙と化している。
「リサイクルショップで見つけて買ったんだけどさ。僕の部屋じゃ狭いしモノが置いてあるから上手く映らなくて」
いつの間にか不二が隣に立っていた。振り向きざまに、唇を重ねられる。
「……やっぱり、本物よりは劣るなぁ」
宙を見上げ、不二は呟いた。その『本物』が夜空に輝く星のことなのかプラネタリウム自体のことなのかはよく理解らない。だが。
「悪くない、と思うぞ。こういうのも」
「なんか、二人だけの世界って感じだよね」
探るようにしてオレの手に触れる。オレは頷く代わりに、指を絡めるようにしてその手を強く握った。小さく、深呼吸をする。
「……照らしてやる」
「ん?」
「お前の本当の姿。もしオレが光だとするなら。照らし出してやる」
「…それって、傍に居てくれるって事?」
「………さぁな」