「後ろ、乗ってくか?」
「………うん」
私は頷くと、自転車の荷台に横向きに座った。落ちないように、しっかりと彼にしがみつく。その背に耳を当てると、彼の心臓の音が聞こえてきた。
偶然っていうのって、本当にあるんだ。もしかしたら、運命なのかもしれないってちょっと考えちゃったりもしたけど。でも、これは私が彼を引き寄せたのだと思う。この時間なら彼がここを通るかもしれないって、帰り道を変更して、毎日歩いてたんだから。
ねぇ、今日で10日目だったんだよ?ちょっと遅いよ、桃城くん。
「……あ。そーいやオレ、お前ん家、しらねぇな」
心地いい風の中、彼が呟いた。声が振動になって私の耳に届く。
「じゃあ、一体どこに行くつもりだったの?」
とっくに走り出している自転車。考えるよりも先に体が動くという彼の性格を、こんなにも間近に感じて、思わず笑みが零れた。
「おっかしいな。オレ、どこに行こうとしてたんだっけ?」
私のほうを振り返って言う。
「危ないから、ちゃんと前向いて」
「へーい」
全く。それは私が訊きたいわよ。口笛なんか吹いちゃって。このまま私をどっかに攫ってくつもりなの?
「ねーえー。一体どこに行くつもりなの?」
いっこうに私に道を訊いてこようとしない背中に問いかけてみる。
「さーて。どこにすっかな。当ててみ?」
楽しそうな彼の声。ここ、私が知ってる道だ。何となく、直感。
「……ストリートテニス場?」
「おっ。ピンポーン。当たりっ。さっすが、橘妹。勘がいいね」
「だから、私は…」
「ほら、着いたぜ、杏。」
突然名前で呼ぶから、私はその先に用意してた言葉を使えなくなってしまった。全く。解ってるんだったら、初めからちゃんと名前で呼んでよね。
「……なによ」
自転車のスタンドを立てないまま、彼はずっと私の顔を見ている。そんな風に見つめられたら、どこに眼をやったらいいのか、解らないじゃない。
「寒かったか?」
「え?」
彼の手が伸び、私の頬に触れた。
「顔、赤いぜ?」