「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
 ベンチに座り、呼吸を整える。ノートを丸めると、無理矢理コートに押し込んだ。
 今のは、ヤバかった。でも…。
「良い画が取れた」
 これで、不二の弱みを一つ、握ったことになる。
 俺は仕事柄、他の部員はテニススタイルからプライベートに至るまで、大体を把握できている。
 だが、不二のデータだけは、全くと言っていいほど取れていない。そして、手塚のここ最近のデータも。
 可笑しいとは思っていたんだ。ずっと。
 あの手塚が、よく微笑うようになり、そしてプライベートが見えなくなった。見えるのは、手塚が不二以外の誰かといるときだけ。
 校内で密やかに流れていた噂は、真実だったということか。
 手に滲む汗で滑りそうになるビデオを、持ちかえる。巻き戻して、問題のシーンを再生する。
 小さな液晶画面に映る、不二と手塚。別れ際の、濃厚なキスシーン。予想もしていなかった出来事に、俺は思わず見入ってしまった。そして。唇を離した不二が、唐突に振り返る。いつもの何倍もの深さを見せるその眼で俺を捉えると、優しく微笑った。
 それを合図に画面がぶれ、アスファルトが映る。そのときの俺は、声を上げることすら出来ず、ただ逃げるようにその場から駆け出していた。
 思い出しただけで、気持ちの悪い汗が額に噴き出てきた。見つかった。確実に。いや、もしかしたら…。
 もう一度、ビデオを巻き戻す。今度は、問題のシーンよりも少し前まで。
 スロー再生。手塚を引き寄せる前の不二と、画面越しに眼が合った。
 ……初めから、気づかれていた?
 いや、気づいていたからこそ、手塚とあんなことをやってのけたのかもしれない。
 そうだ。いくら手塚が不二に惚れているからとはいえ、あいつは常識から外れた行動は滅多にしない。路上での、しかも自分の家の前での濃厚なキスなど、手塚が許すはずがない。恐らく、二人の関係は秘密とされているのだろうから。
 謀られたのだ。俺は。
 だが、何故そんなことを?見つかったらヤバいんじゃないのか?それとも、不二には不二なりの考えが?
 疑問は次々と浮かんでくるが。それを本人に訊けるはずがない。だからと言って、思考パターンのデータを取れていない俺に、不二の考えていることが解るはずもない。
 この謎を解くためには…また、自分の身を危険に晒さなければならない。自分の習性とはいえ、これでは、
「命がいくらあっても足りないな」
「命は一つしかないんだから、もっと大切にしたほうがいいんじゃない?」
「っ!?」
 突然背後から掛けられた声に、俺は振り返った。
 そこにいたのは、穏やかな笑みを浮かべた、
「不二っ」
「やぁ、乾」
 恐ろしいくらいに穏やかで優しい口調。不二は笑みを浮かべたまま、回り込むと、俺の隣に腰を下ろした。
 もう、今更逃げられない。あれが弱みにならないことは、今更判ったし。
 グッドラック、俺…。
「ねぇ、何で逃げたの?」
「えーっと、それは…」
「これ、あの時のビデオだよね。ちょっと見せて」
「あ」
 不二は愉しそうに言うと、俺の手からビデオを取り上げた。今更取り返すことは出来ないから、俺は黙ってビデオを巻き戻す不二を見るしかなかった。
「もうちょっと手塚の表情が撮れてれば満点をあげられたんだけど。まあ、いいや」
 満足げに言うと、不二はそのまま俺にビデオを返した。
「……テープ、抜かないのか?」
「何?抜いて欲しいの?」
「いいや…」
 未だ怒りの片鱗さえ見せない不二に疑問を抱きながらも、下手に深入りはしないようにと俺は首を横に振った。
 隣で、不二がクスクスと純粋な笑い声を上げる。
「それにしても。あれで隠れてるつもりとはね。ストーカー失格だよ?」
「別に俺は…」
「まあ、いいけどね。君が警察に捕まろうと僕は関係ないしっ」
 勢いをつけて立ち上がると、不二は大きく伸びをした。
「でも…」
 振り返り、俺を見下ろす。
「僕と手塚の周りを、あまりうろちょろされると、困るんだよね。君だって、まだ死にたくないでしょ?」
 不二から伝わってくる、明らかな殺意。俺は蛇に見込まれた蛙のように、全く動けなくなってしまった。
 沈黙。
 秋の匂いのする風が、不二の髪をさらう。と、不二は口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「なんてね、冗談。」
 宙を仰ぎ、風を全身で受けるように、不二は再び大きく伸びをした。
「さて、僕はそろそろ帰ろうかな。陽も暮れちゃうし。君もいつまでもこんなところにいないで、早く帰りなよ。海堂、待たせてるんでしょ?」
 言うと、不二は意味深に微笑った。
「………あ、ああ」
 頷いた俺に満足そうに微笑うと、不二は背を向けて歩き出した。数歩行ったところで、立ち止まり、振り返る。
「そうそう。あとでそれ、ダビングして僕に頂戴ね。あとは自由に使っていいよ。手塚を脅す以外ならね。なんなら、校内放送を使って学校中に流してくれても構わないから」
 それだけを一気に言ってのけると、不二は手を振って俺の前から消えていった。
 緊張から開放されたかのように、俺は深々と溜息を吐いた。
 己の愉しみの為だけに、本来なら敵となるはずの人間まで利用する、か。
「………不二周助。つくづく恐ろしい奴だ」





「グッドラック、俺」。このためだけに書いた話(笑)
可哀相なのは手塚だ。。。




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