届いた景色に、僕の知らない彼を見た気がした。 「………毎日電話してるだろう?」 「僕が、ね」 少し毒を含んだ言い方に、彼は黙り込んでしまった。普通に会って話をするのならそれでもいいけど、電話のときに黙られると、凄く困る。 まあ、彼が今どんな表情をしているのかは、何となくわかるけど。 「……何の用だ?」 「ん?」 「電話。いつもより2時間早い。突然だから出るのが遅れてしまっただろう」 「ああ。それは――」 言いかけて。あることに気づいた僕は、思わず吹き出してしまった。 「何を笑っているんだ?」 「別に」 「別にということはないだろう」 「何でもないって。ほんと、何でもないから」 言いながらも、笑いが止まらない。でも、そろそろこの笑いを止めないと、彼が機嫌を損ねてしまう。 「……言わないと切るぞ」 ほら、やっぱり。 「ごめん。言うから。切らないで」 出かかった笑いを一気に飲み込み、僕は必死という声で言った。 「……いいだろう」 僕の演技に騙された彼の、少しだけ満足気な声が聞こえてくる。まあ、いいけどね。この後の僕の言葉を聞いたら、彼はまた口を閉ざすだろうから。 「で、何で笑ったんだ?」 僕の笑いは止まったわけだから、そのまま流せばいいのに。わざわざ自分の首を絞めるようなことを訊いてくる。だから、可愛いなんて言われるんだよ。僕に。 「んー。君が、僕が毎日同じ時間に電話をしてるってことに気づいてくれてて、しかも、その僕からの電話を待っててくれたんだってことが解かったからさ。電話の前で待ってる君を想像したら、可愛くって。つい、ね」 また想像して吹き出しそうになる。それを何とか堪えると、受話器に耳を凝らした。音は何も聞こえてこないけど。それが逆に、彼が照れているのだと言うことを教えてくれる。 「……っ」 「ん?」 「っばか」 「うん」 力の無い彼の罵声に、僕は微笑いながら頷いた。脱力、という意味の彼の溜息が聞こえてくる。 「………で。何故電話してきたんだ?」 話がそれても、きちんと元の場所に戻ってくる。真面目な彼の、短所とも長所とも取れる性質だ。 僕は手の中で弄んでいたそれを掲げると、小さく微笑った。 「僕との約束が、今日届いたから」 「何だ?」 「手紙。というか、絵葉書。『声が無理なら文字で』って言う約束。憶えててくれたんだね」 それが、僕を置いてドイツに行く彼にした、僕の唯一のお願い。尤も、声も届けさせてるんだけどね。……半強制的ではあるけど。 「いつもお前からというのでは、悪いからな」 「うん。だから、届かないと思ってたんだ」 「何が?」 「文字。僕がこうして毎日電話してるから。代わりになってるかなって」 「声と文字とは別だろう。それに、お前からとオレからというのも別だ」 「……そう、だね」 一応、自覚はあったんだ。いつも僕から行動を起こしてるってことに。そりゃそうだよね。2週間も毎日同じ時間に電話してれば、いくら鈍感な彼でも気づくって。 「とにかく、ありがとう。それを伝えたくてさ。嬉しいよ。それと、ちょっとだけ、淋しい、かな」 「淋しい?何故だ?」 「君が今いるところは、僕の知らないところだから。それだけのキョリが、淋しいなって」 会いたいといってすぐに会えるキョリじゃない。国内ならまだしも、日本とドイツじゃ、子どもな僕たちにとっては、途方も無いキョリだ。 「我侭だな、お前は」 驚くほどの優しい声で、手塚が言った。 「お前が知らない所だから、こうやって解かるように絵葉書にしたんだ。そうすれば、オレがどういったところで生活をしているのか、解かるだろう?」 「………。」 驚いた。彼がまさかここまで僕のことを考えてこの絵葉書を送ってきてくれたなんて。確かに、この写真のお陰で、彼が今、どういった環境で生活をしているのか解かったけど。 「不二?」 黙ったままでいる僕に、彼が心配そうに言った。表情だと感情の変化は殆ど判らないのに、声だと大袈裟なくらいに判るときがあるから不思議だ。 「ううん」 小さく首を振ると、僕は深呼吸をした。絵葉書に唇を落とす。冷たい感触から伝わってくるのは、優しい気持ち。思わず、泣きそうになる。 「手塚」 「……何だ?」 「ありがとう。君を好きになって本当に良かった…」 |
……手塚はそこまで天然じゃないぞ!と言ってみる。 いや、天然の方が好きなんだけれどもね。 |
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