「ご卒業、おめでとうございます」
「ああ、わざわざ悪いね。ありがとう」
 差し出した花を、先輩はあっさりと受け取った。ありがとうの言葉も、条件反射で出てきたみたいで、なんか、有り難味が無いように聞こえる。
 今日で先輩たちは卒業する。時々遊びに来るとは言っていたが、今までのように毎日会えなくなることには変わりはねぇ。
「そんな顔するなよ。卒業しても、ちゃんとお前のサポートはしてやるから」
 俯いたままでいるおれの頭を、ぽんぽんと軽く叩く。その優しさに、何故だかおれは哀しくなり、涙が零れてしまった。慌てて腕で拭う。
「そっか。お前でも他人の卒業式で泣くんだな」
 感心したように言うと、先輩はどこからか出したデータノートにそれを書き込んだ。
「そ、なもん。書いてどーすんすか」
 顔を上げたおれに、先輩は意味深に笑うと、秘密、と呟いた。ノートを丸め、ポケットに押し込む。
「……なんか、淋しくなるな」
 喧騒から離れた、誰もいないコートを眺めると、先輩は呟いた。おれも、視線をそっちへと向ける。
「そうっすね」
「……でも、海堂はもう慣れただろ?おれたち三年のいない部活なんて」
 コートに視線を預けたままで、先輩は続けた。視界に入らねぇのを承知で、おれは小さく首を横に振る。
 慣れたには慣れた。でも、違う。おれが言ってる淋しいは、先輩が学校というおれの小さな世界からいなくなること。
 年の差が、邪魔だと思う。もし同い年だったら、部活以外で一緒にいても不思議には思われねぇだろうし、高校に行くからと離れ離れになることもなかったかもしんねぇ。
 おれは先輩とずっと一緒にいたのに。このヒトは肝心なときに鈍感だから。全然気づいてねぇんだ、おれの気持ち。
 だからつって、気づいてもらわれても困るんだが…。
「なんだ?」
「え?」
「手」
 言うと、先輩は視線を下に向けた。先輩の視線を追い、おれも下を見る。そこには、しっかりと繋がれた、おれと先輩の手。
「あ。す、すみません」
 慌てて手を離し、俯く。自分の顔が見る見る赤くなってくのが解かる。
 ったく。何やってんだ、おれ。気持ち悪ぃ…。
「別にいいさ。俺、海堂のこと好きだしな」
 放した手を、先輩が繋ぎ直す。
「乾先輩?」
 恐る恐る、顔を上げる。視界に映った先輩は、驚くほど優しい笑みを向けていた。
「好きだよ、海堂のこと。海堂も俺のこと好きなんだろ?」
「え?あ…」
 頷く、べきなんだろうか。っつーか、先輩がおれの気持ち知ってたなんて…。
「知らないと思ったか?あれだけ一緒にいて気づかないわけないだろう。第一、俺の特技はデータ収集だ」
 少しだけ得意気に言う。その口調にちょっとムッとしたが、先輩に好きだと言われた嬉しさのほうが勝ってたから。今更になってしまったが、おれは小さく頷いた。先輩の手を、強く握り返す。
「そうか。よかった。じゃあ、今日から俺たちは晴れて恋人同士となったわけだ」
 先輩の言葉に、おれはまた、小さく頷いた。そんな俺を見て満足気に微笑うと、先輩は目の前に空いているほうの手を出した。人差し指をピンと立てる。
「そういうわけだから、俺のこと、先輩って言うのは禁止な。3回言うごとにペナル茶だ」
「なっ。何でそんなことになるんすか」
「だって、先輩後輩の関係じゃなくなったわけだろ?そうそう、敬語も禁止な。さっきのは多めに見てやるから、以後、気をつけるよう……」
 言いかけて、先輩は俺から手を放した。どうやら遠くから同級生が先輩を呼んでいるらしい。
「じゃ、俺、行くから」
「ちょ、ちょっと。おれ、そんなの同意しませんからね」
「はい、敬語つかったね。一回、と」
 ポケットにしまってあったノートを素早く取り出すと、先輩はそこに何か書き込んだ。それをまた無理矢理しまい、おれに背を向ける。
「ああ、そうそう。今日の帰り、俺の家に連れてってやるよ。あとで連絡するから」
「ちょっ、先輩っ!」
 駆けていく背中に呼びかける。先輩はピースサインをし、これで二回な、と言うと、振り返りもせずに同級生の輪の中に入っていっちまった。
「あー…なんか、間違えたかも」
 とり残されたおれは、ただ、溜息を吐くしかなかった。





間違えたよ、海堂くん。桃てぃろのほうがまだ安心できたかもね(笑)
久々にお兄さんのような乾くんを書いた気がする。
海堂はいつまでも乾の背中を追っかけていて欲しい。



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