何の変化も無い携帯を閉じると、オレは眼を閉じた。深い、溜息を吐く。
九州に来てから、不二と連絡は一切取っていない。たまに大石にメールをして、部活の近況を訊く程度にしか不二の情報は入ってこない。
だが、別にそれでも構わない。
毎日のように付き纏っていた、あの鬱陶しい不二から離れることが出来たんだ。ここでオレが気にかけてるなんてことを冗談でも言ったとしたら、また、付き纏われる。せっかく、連絡を断っているのに。
自由になった毎日は、それなりに忙しい。肩の治療と軽いリハビリ。ラケットを持つことはまだ許されていないけれど、空いた時間で筋トレ程度の自主練が出来る。学校を休んでいるから、その分の勉強もしなくてはならない。自由になった分、忙しさが増したといったほうがいいのかもしれない。行動が制限されないから、自分の思ったことをどこまででもやれる。
『君はそうやってすぐ無茶をするから。僕がちゃんと見てなきゃね』
「………っ」
耳元で、不二の声が聞こえた気がして、オレは体を起こした。明かりをつけ、辺りを見回す。勿論、誰もいるはずが無い。
時計を見ると、あれから1時間が過ぎていた。
「……いつの間にか寝てしまったようだな」
きっと、夢を見ていたのだろう。だとしたら、酷い悪夢だ。せっかく物理的な支配から解放されたのに。
溜息を吐くと、オレは再び横になり、置いてあった本を手にした。今眠ったら、また夢に不二が出てきそうな気がして。
……こういう風に、いちいち気にしているのが夢に出てくる原因だとは解かっているのだが。
と、部屋に短い電子音が響いた。どうやら、メールが届いたようだ。噂をすればなんとやらって奴なのだろうか。オレは恐る恐る携帯を手に取ると、メールボックスを開いた。そこに出てきた名前は、大石秀一郎。
「……なんだ、大石か」
思わず、溜息が出る。
………溜息?何に?安堵?それとも…。
「馬鹿馬鹿しい」
オレは頭を振ると、メールを開いた。どうやら、六角中には勝ったらしい。オレは簡単な返事を打つと、携帯を置いた。
そうか。不二は菊丸とペアを組んだのか。
ああ、まただ。
自由になってからと言うもの、オレはちょっとした切欠でもすぐに不二を思い出してしまう。その理由は未だにわからないが、もしかしたら、不二の拘束を望んでいるのではないか、と思うときもある。
「馬鹿馬鹿しい」
もう一度呟き、今度は電気を消してベッドに横になった。
自由になって、その分やりたいことをやっている忙しい毎日。忙しいはずなのに、凄く自由な気がしている。そして、自由なはずなのに、息苦しい。そう感じるのはいつも、不二を思い出すとき。
現に、今だって…。
「馬鹿馬鹿しい」
呟くと、オレは眼を閉じた。
何故か、胸が酷く痛み、その夜は寝付けなかった。