「何か、悪いっスね。図書館倉庫の掃除なんか手伝ってもらっちゃって」
俺は少し声を張ると、棚越しに先輩に話しかけた。
「んー。いいよ、別に。僕はリョーマと一緒に居られればそれでいいんだから」
軽い声。でも、その意味は凄く重くて。
「………っ」
「ん?」
「……何でもないっス」
俺は不覚にも、顔が真っ赤になってしまった。唯一の救いは、本棚で互いの顔が見れないこと。
それにしても。よくそんな恥ずかしいことをさらっと言えるよな。言ってる本人はいいだろうけど、それを聞かされる俺は堪ったもんじゃない。日本人ってこういう人種じゃないはずなのに。このヒトはどこか違う国のにおいがする。違う国…というより、宇宙人に近いかもしれない。
「しょっと」
濡れ雑巾で周りを拭き終わった本を数冊重ね、俺は立ち上がった。本の番号を確認すると、どうやら先輩のいる棚にしまわなきゃいけないようだ。
ん?先輩のいるところ?
思い出したように俺は本を置くと、手の甲を頬に当てた。
……大丈夫。熱くはない。
赤い顔のままで先輩の前なんかに行ったら、勘の言いあのヒトのことだから、それが何でかなんてすぐに気づく。んで、意地悪なあのヒトのことだから、気づいておきながらも、どうしたの?顔、赤いよ?なんて言うんだ。
勿論、理由なんていえるはずない。
もう一度、今度は反対の頬に手を当てて熱くなってないのを確認すると、俺は本を手にした。先輩のところへ行く。
「……って。アンタ、何やってんスか」
「んー。読書だけど?」
俺の言葉に、先輩は顔を上げると微笑った。少しくらい、慌てて欲しいんだけど。ってか、そういうヒトだよな、このヒトは。あーあ。感謝して損した。
「ここっていいよね。色んな本があってさ」
俺を見て、楽しそうに微笑う。普通さ、手を貸すとかそういうこと、しない?
「いいから、そこ、どいてくれません?本置きたいんスけど」
両手が塞がってるから、俺は体で先輩を押し退けようとした。それを察知してか、先輩が先に体を退ける。
「わっ」
先輩を押し退けようと入れた力は空振りで。俺は先輩のほうへと倒れかかってしまった。
「っと」
それを、タイミングよく先輩が受け止める。
「危なかったね。大丈夫?」
俺を見下ろして、クスクスと微笑う。
「……アンタ、ワザと避けたっしょ」
「あはははは。はい、さっさと片付けしちゃおっか」
俺をきちんと立たせると、先輩は俺の手から本をとり、それを棚へと片付けていった。だから、俺は見てるだけですんだんだけど。
なーんか、ムカつく。
いつものことだとは思うけど、先輩ばっかり余裕で、俺ばっかりバタバタしてる気がする。先輩だけココロの動かしかた知ってんの。俺は先輩のココロの動かしかた知んないのに。それってすっごく不公平だと思う。
「はい。全部しまったよ。まだあるの?」
「え?あ、うん。まだ向こうに沢山ある」
「そ。じゃ、早く終わらせちゃおっか」
クスリと微笑うと、先輩は俺のいた側へと回りこんだ。
何?本読んでたんじゃなかったの?よくわかんないよ。
「ねぇ、これで全部?」
なんて、考えてると、先輩が大量に本を抱えてきた。華奢に見えても、俺よりも全然力持ちで。女みたいな顔してても、やっぱり先輩は男なんだな、なんて妙に実感。
「ん?」
まるで頭ん中を覗くように、先輩が俺の顔を覗き込んでくる。
「いえ、何でも……」
俺は慌てて眼をそらそうとして、思いとどまった。
ちょっと待て、今は立場が逆だ。名案が浮かび、思わず顔がにやける。
「ん?何?」
「先輩、髪、ほこりついてますよ。払ったげるから、ちょっとしゃがんでくれません?」
俺は背伸びをすると、先輩の髪を指差して言った。
「いいよ。片づけが全部終わってからで」
「いいから」
ここで断られたら、意味が無くなっちゃうじゃないか。
俺は先輩の肩を掴むと、半ば強引にしゃがませた。
目線が俺と同じくらいになったところで、その頬を両手で包む。そんで。
「…りょー…ま?」
「なんてね。ほこりは全部俺が拭きとったんスから、髪についてるわけないじゃないっスか」
驚きに眼を丸くしてる先輩に、まだまだだね、と俺は微笑った。先輩は、少し困ったように微笑ってる。
「ねぇ、周助」
「ん?」
「顔、真っ赤だよ」
もう一度唇を重ねると、俺は得意気に微笑った。
今までの仕返し。俺だって、先輩のココロくらい動かせる。
と、前方から、クスリという微笑い声。
「そういうリョーマも、顔、真っ赤だよ」
「………え?」