「どんなに頑張っても、縮まらない差って言うのは存在するんスね」
 閉館間際の図書室。その中央で一人座って本を読んでいるその横顔に呟いた。聞こえるかな、と思ったけど。珍しく集中しているらしく、何の反応も返ってこなかった。
「……あーあ」
 わざとらしい大きな溜息。カウンタから抜け出し先輩の隣に座る。使われていないその左手に、指を絡めてみる。それでも先輩は気づかないのか、俺のほうを見ようとしない。俺は溜息を吐くと、その肩に寄りかかった。
「もうすぐ卒業っスね」
「そうだね。淋しい?」
「……なんだ。聞こえてるんじゃん」
「もちろん。君の言葉を僕が聞き逃すはずがないでしょう?」
 そうは言いつつも、先輩は俺のほうを見てはくれない。こういうところに、なんていうか、距離を感じる。
 先輩と俺の年の差、2年。これをどうにかして埋めたくて。俺はいっつも背伸びばかりしてる。それを見透かしたかのように、先輩はことごとく俺の思惑とは違うことをやってのける。いつも、余裕の笑みを浮かべて。
 でも、ちゃんと解かってるんだ。いくら背伸びをしたって、先輩が俺よりも2年も先に生まれてしまったって事実は変わらないし、経験値だって、俺がどんな修羅場をくぐったとしても先輩に追いつくには全然足りない。
「時の流れって、無常っスよね」
「なーにオヤジくさいこと言ってんの。リョーマはまだ若いんだから、時間の流れなんて気にしなくていいんだよ」
「先輩も、充分オヤジくさいこと言ってると思いますけどね」
 若い、か。確かにそうだけど。だから余計に、2年という差を大きく感じるんだと思う。この先何年か経って、例え身長が先輩に追いついたとしても、見えてる世界はきっと違う。それだけ、大きいんだ。2年という時間差は。
「しょうがないな。リョーマは」
 溜息混じりの声。それと共に俺は先輩に抱き寄せられた。額に、温もりが宿る。
「どうしてそんなに僕と同じ高さの所に立ちたがるの?」
「……そんなの。ずっと一緒にいたいからに決まってるじゃないっスか」
「別に、今のままでもちゃんと一緒にいるじゃない」
 違う?と俺の顔を覗き込む。俺は俯くと小さく首を横に振った。
「何でそう思うの?」
「だって。高校行っちゃったら、一緒にいられないじゃん。こうやって、先輩が図書室に来ることもなくなるし」
「同じ学年だからってずっと一緒にいられるとは限らないよ。高校が違うかもしれないし」
「でも、同じ高校に行けば…」
「それでも。その先ずっと同じ道を歩むわけじゃないんだから」
 ね?と、諭すように先輩は見上げる俺の鼻を人差し指でつついた。
 そんなの、わかってる。確かに、先輩の言う通りだけど。でも…。
「………なんか、ズルいっスよ」
「ん?」
「なんか、先輩ばっか大人で。いっつも俺ばっか、先輩を追いかけてるみたいで」
 俺ばっか、先輩のこと好きみたいで。
「そう?僕には、君が逃げてるように感じるけど?」
 抱き寄せていた手を解き、おいで、と自分の膝を叩く。俺は大人しくそれに従い、先輩の膝に乗っかる。
「俺のどこが逃げてるって言うんスか?」
「どうして、違う位置で楽しめないかな」
 俺を抱き寄せ、額を合わせる。俺は何とかピントを合わせると、先輩を見つめた。
「だって…同じように感じたいじゃないっスか。先輩が感じているものを、同じように」
「確かに、同じように感じることが出来たら素敵かもしれない。でも、そうしたら僕たちが一緒にいる意味はなくなっちゃうよ」
「?」
「同じだったら、一人でいても変わらないよ。違うから、一緒にいて楽しいんじゃない。そうは思わない?」
「………。」
 無言で考えている俺に、先輩はクスリと微笑うと、キスをした。俺を膝から降ろし、立ち上がる。
 このヒトは、どうしてこんなに前向きなんだろう。やっぱり、これが2年って言う差なんだろうか?
 でも、言ってることは一理あると思う。確かに、俺が先輩を好きになったのは自分と違うところを持っているからだし。
「視点が違うから、色々なことを発見できる。同じ場所を見ててもね」
「……うん」
 不安げに頷く俺に、困ったような笑みを見せると、先輩は手を差し出してきた。
「大丈夫。会える時間は少なくなるかもしれないけど、その分、密度を濃くすればいいんだから。さ、帰ろう。今日は君の家まで送っていくよ。出来る限り、一緒にいるようにしよう」
「うん」
 頷いて、差し出された手をしっかりと握りめる。見上げると、先輩の顔はいつもの優しい笑顔になっていた。





けして交叉することの無い線。



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