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「……何で急に独り暮らしなんて」
 未だカバーの外されていないソファに座ると、オレは薄いドア一枚隔てたところにいる兄貴に言った。
「んー?」
「だからぁ」
 声を張り上げようとした時、ドアが横にスライドされ、紅茶を持った兄貴が入ってきた。小さなガラスのテーブルにそれを置き、オレの隣に座る。
「何でだと思う?」
 紅茶を一口だけ飲むと、オレに意味深な笑みを向けてきた。
 何だよ。ちゃんと聞こえてんじゃねぇか。
「知らねぇよ。だから訊いてんだろ」
「そっか。そうだよね」
 兄貴は妙に納得したように呟くと、何が可笑しいんだか、クスクスと笑い出した。
「何で笑ってんだよ」
「残念?」
「は?」
「折角一緒に居れると思ったのに。僕が独り暮らしなんかし出したから」
「ばっ…」
「ん?」
「バッカじゃねぇの。オレが家に帰ってきたのは――」
「知ってるよ。僕の為じゃないって事くらい」
 淋しそうに言うと、兄貴は紅茶にまた口をつけた。オレも、まだ熱い紅茶を無理やり飲む。
 兄貴は何も理解っちゃいねぇよ。
 どこか遠くを見るような兄貴の横顔に、オレは心の中で毒づいた。
 高校で独り暮らしなんて。どうかしてる。それも、オレが戻ってくるから出て行くなんて。
 これじゃまるで、逃げてるみたいじゃねぇか。
 オレは、兄貴と向かい合いたくて。だから、家に戻ってくる決心をしたのに…。
「ねぇ、裕太」
 カップを置くと、兄貴はオレの顔を覗き込むようにして言った。
「……何だよ」
 オレもカップを置き、兄貴を見る。
「もう、帰りなよ」
「あん?」
「だから、今日は泊まらずに帰りなよ。と言うか、出来れば僕が家に帰らない限り、逢わないで欲しい」
 妙に真剣な眼。でも、兄貴はいつもこういう顔して嘘を吐くから。オレにはもう、兄貴の何が本当で何が嘘なのか、判断が出来なくて。
「何で、だよ」
「だって…家ならまだしも、ここには僕と裕太しかいないんだよ?」
「……だったら何なんだってんだよ」
「だからっ」
 一瞬、兄貴の眼が開いた。かと思うと、オレはあっという間にソファに押し倒されてしまった。
「こういうこと。しちゃうかもしれないよ?」
「なっ……」
 驚くオレに、兄貴は口元を歪ませて微笑った。見上げるオレと、見下ろす兄貴。近すぎる距離から生まれる妙な緊張が、オレの体を動けなくさせる。
「本気、なのか?」
 やっとの思いで絞り出せた声。僅かに上ずっていて。兄貴はそれに気づいたのか、クスリと微笑った。
「……さぁね」
 兄貴の顔がゆっくりと近づいてきて。鼻の先が触れ合うくらいのところで、オレはきつく眼を瞑った。けど、そのまま暫く待っても何も無くて。オレは恐る恐る眼を開けた。視界に入ったのは、兄貴の辛そうな顔。
「ごめん。ホント、駄目だよね。兄貴失格だよ。……いいや、それは駄目だ。僕は裕太の兄じゃなきゃ」
 後半は独り言のように呟きながら、兄貴はオレから体を離した。ソファに座りなおす。オレもいつまでも寝転がってるわけにもいかねぇから、体を起こして座りなおした。カップに手を伸ばし、温くなった紅茶を一口すする。それでも、胸の高鳴りは鎮まってはくれない。横目で見た兄貴は、もう何事も無かったかのように紅茶をすすってる。
 なんなんだよ。わけわかんねぇよ。
「なぁ、兄貴。兄貴、は。オレのこと…」
「キャンセル待ち」
「は?」
 その呟きの意味が解からず、オレは兄貴を見た。けれど、兄貴はカップを握り締め、ずっと前を向いたまま。
「そんな気分だった。ずっと。裕太は、部活のない日にしか家に帰ってこなかったから」
「だから、今度からは…」
「気持ちはね、次々に生まれてくるものだから。昇華されなかった想いは、どんどん膨らんでいくんだ」
 カップを置くと、兄貴はやっとのことでオレを見た。けど、その顔はオレの好きなそれではなく、さっきよりもずっと辛そうなもので。
「限界が近いってこと。二人きりなんて。僕、何するかわかんないよ?嫌なんだよ。これ以上、裕太を傷つけるのは」
 溜息混じりに言いオレから眼を逸らすと、兄貴は固く組んだ両手に額を乗せた。
 やっぱり、兄貴はオレのこと何も理解ってねぇよ。
「別に、オレは…」
「だからっ。……だから、僕は家を出た。」
「……………。」
「頼むから、僕の努力を無駄にしないでくれないかな」
 懇願するような声色。そこには、いつもの自信たっぷりの兄貴はどこにも見当たらない。こんな顔、させたくて、帰ってきたわけじゃねぇのに。オレはただ、兄貴の側に居たくて。兄貴もそれを望んでたんじゃねぇのかよ。
「……わけ、わかんねぇよ」
「ゆうた?」
「何なんだよ。今までずっとオレに付きまとってたくせに、オレが帰るってなったら急にオレから離れやがって。勝手すぎるってんだよ。何がキャンセル待ちだよ。嫌なんだったら家にずっと居ろよ。わっかんねぇよ。何でこんな――」
「好きなんだ」
「……っ!?」
「好きなんだ、裕太のことが。弟とか家族とか、そういうんじゃ無くて」
「あにき……」
「気持ち悪いだろ?男同士ってなだけでも問題なのに、兄弟でなんて。でも、仕方がないんだ。それでも僕は裕太が好きなんだ」
 突然の告白に、オレは何て返したらいいのか判らなくなってしまった。それを悪い方に捉えたのか、兄貴は深い溜息を吐いた。
「気持ち悪いよね。解かってる。裕太が僕のこと嫌いだって。だから、もう帰りなよ。これ以上一緒に居たら、本当に、何するかわからないから。僕の身勝手な気持ちの所為で、裕太を傷つけたく無い。だから、早く帰って。そして、二度とここには来ないで」
 言い終えると、兄貴は立ち上がった。オレの腕を掴み、無理矢理立たせる。
「な、にすんだよ」
「帰るんだよ」
「何で…」
「これ以上、裕太を傷つけたくないんだ。ね、解かって?」
「わっかんねぇよ!オレの気持ちはどうなんだよ!」
 自分でも驚くほどの声を上げ、オレは兄貴の手を振り解いた。
「ゆう、た?」
 兄貴が、唖然とした表情でオレを見つめる。オレは深呼吸をすると、兄貴を見つめた。
 大丈夫。今なら言える。というより、今しかない。
「オレは…オレも、兄貴が好きだ。だから、帰らない。もう、家には帰らない」
 兄貴の表情の変化を見るのが怖くて。オレは手を伸ばすと、兄貴を強く抱きしめた。
「ゆう――」
「兄貴が居ないならあそこに居る意味ねぇから。オレも、ここで兄貴と暮らす。いいだろ?」
「……本気、なの?」
「オレは兄貴と違うから。こんなこと、冗談じゃ言えねぇよ」
「……そうだね」
 オレの耳元でクスリと微笑うと、兄貴はオレの背に腕を回した。





アンケートでラブラブな周裕を読んでみたいという意見があったので。
今回初(?)の両想い。
裕太ってば、不二くんの気持ちをはっきりとはわかってなかったんだネ。鈍感(笑)



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