「なぁ、こんなもん買ってどーすんだよ?」
 土曜日になると、オレと兄貴は決まって学校の中庭に来る。別にこの場所じゃなきゃダメだって言うわけじゃないけど、でも、オレを虐めるやつらがいない場所で家の近くって言ったら、ここしかないから。
 ここでオレたちは色々なことをして遊ぶ。
 今年の春には、生徒が一人一鉢育ててるマリーゴールドのプランタに混じって、パンジーを植えた。緑化委員のやつらが毎日水を遣ってくれるお陰で、オレたちのパンジーは何もしなくても綺麗な花が咲いた。もっとも、学校が無い土日は兄貴が水を遣ってたみたいだけど。
 んで。今日の遊びは何かっていうと、実のところよくわかってない。ただ、兄貴は黒いビニール袋を買ってくるようにオレに言った。そんで、俺は近くのコンビニでそれを買って、たった今、中庭に来たってワケ。
「何だと思う?」
 オレの手からビニール袋をとると、兄貴は持ってきたバッグの中からハサミやらテープやらを取り出した。鼻歌交じりに工作を始める。オレは何も指示されてないから、しゃがみこんでビニールを切ったり貼ったりしてる兄貴の隣に、同じようにしてしゃがみこんだ。兄貴の、器用な指先を見つめる。
 歳は、たった一つしか違わないのに、兄貴はオレよりも凄く大人に見える。実際、オレよりも沢山のことを知ってるし、オレよりも色んなことを一人でこなしてる。たった一つしか違わないのに、全然違う。親戚のババアやジジイなんかにそのことを言われると腹が立つけど、実際、オレはそんなに気にしてない。それに、そのお陰で兄貴はいつもオレの傍にいてくれるんだから、願ったり叶ったりでもある。
 それも、来年は出来なくなるけど。
 小学校と中学校じゃ遠く離れすぎてるし、兄貴は今行ってるテニスクラブを辞めて部活に入るらしい。そうなったら、今までみたいにずっと一緒にいられなくなるのは勿論だけど、こうやって休みの日に遊ぶことだって出来なくなる。
 …そんなの、やだ。
 でも、兄貴はそのことについては何も言ってくれない。もしかしたら、離れ離れになるのが嫌なのはオレだけで、兄貴は全然平気なのかもしれない。もし、本当にそうだとしたら、なんか、すっげぇ淋しい…。
「出来たっと」
 色々考えてるうちに、兄貴は何やら作り終えたらしかった。袋を手にして立ち上がり、大きく伸びをする。
「……何、これ」
 一見しただけじゃ、よくわからない。ただ、ビニール袋を切って繋ぎ合わせただけのように見える。
「何に見える?」
 楽しそうに、兄貴はそれを広げた。現れたのは縦横3メートルくらいの、大きな黒いビニール袋。やっぱり、オレの眼にはただのビニール袋にしか見えない。
「ゴミ袋」
 なんだかわかんないから、オレは不貞腐れたようにそう答えた。兄貴が苦笑する。
「見た目はね、不恰好だけど。これで一応、バルーンになるんだよ」
「バルーン?」
「熱気球みたいに、空を飛ぶんだ」
 言うと、兄貴はビニール袋の口を広げたまま、走り出した。中に沢山空気が入ったところで、口を輪ゴムとテープで止め、そこにタコ糸をくくりつける。
「空、飛ぶの?だってさ、それって変なガス入れないとダメなんじゃねぇの?」
「大丈夫だよ。今日はいい天気だから」
 疑問の声を上げたオレに、兄貴は楽しそうに微笑って言った。そして、空気の入ったビニール袋を地面に置き、近くに置いてあるブロックに座った。
「裕太、そこ、日が当たって暑いから、こっちにおいでよ」
「う、うん」
 これ、飛ばすんじゃねぇの?なんて思ったけど。兄貴が手招きするから、オレもその隣に座った。いつまで経っても空を舞わない、ただの黒いビニール袋を見つめる。
「あ、兄貴」
「うん?」
「……いや、何でもねぇ」
 そのままの状態で、何分か過ぎた。喉が渇いたと、兄貴はオレにジュースを買ってきてくれた。それが飲み終わっても、ビニール袋はまだ地面にその身を横たえている。
「あ、兄貴」
「なに?」
「飛ばねぇな」
「うん。今2時を過ぎたところだから。もう少しだよ」
 窓越しに見える教室の時計を指差して、兄貴は言った。オレはそろそろ飽きてきたし、別の遊びをしようと思ってたけど、あまりにも自信満々に兄貴が言うから、何も言わずにそれに従った。頬杖と溜息をつきながら、袋を眺める。
 と…。
「あ。」
「やっと浮いたね」
 オレは思わず、その黒い物体を指差して立ち上がってしまった。兄貴はと言うと、冷静にそれをみて、微笑ってる。
「本当に空、飛ぶんだ」
「うん。太陽の光で、中の熱が温められたんだ。ほら、ビニール袋、ぱんぱんになってるでしょ?」
「そーいえば」
 兄貴が走って空気をいっぱいに入れてたけど、それでもビニール袋には皺が沢山あった。今は、それが殆どない。
 なんて思ってるうちに、ビニール袋はどんどん空へと昇ってった。
「ほら、裕太。あのタコ糸を掴んで。飛んでっちゃうよ」
「う、うん」
 オレは急いでバルーンに立ち寄ると、そこから垂れ下がってるタコ糸を手に取った。ちょっと引っ張ってみる。抵抗があるかとも思ったけど、風船ほどじゃなく、バルーンは簡単に地に足を着けてしまった。
「あ、兄貴ぃ…」
「大丈夫だよ。ほら、ちゃんと見て」
 助けを求めるオレに、兄貴は優しく笑うと、バルーンを指差した。オレも視線をそっちに戻す。
「ほら、飛ぶよ」
 兄貴が言うと、その声にあわせるようにして、バルーンが少しだけ浮いた。
「……すげぇ」
 思わず、感心の声が出る。
「でしょ?太陽の光って、色んな力を持ってるんだ。去年姉さんたちと見たオーロラも太陽の所為だし、最近だと太陽が電気だって作ってるんだよ」
「ふぅん」
 オレはバルーンを見たままで頷いた。でも、本当は太陽に対して凄いって言ったわけじゃない。オレは、兄貴に対して言ったんだ。
 兄貴の言葉は、それだけで強い力がある。このバルーンだって、兄貴の一声で空を飛んだし、それにオレだって、兄貴に頑張れって言われると本当に頑張れる。だから、きっと。
「兄貴は、魔法使いなんだ」
「魔法使い?」
「よっくわんねぇけど、そんな気がする」
 自分の目線くらいまで浮き上がったバルーンを見て呟いた。
「だとしたら、裕太専属だね」
 いつの間にか隣に並んでた兄貴は、オレの顔を見て言うと、楽しそうに微笑った。





………飛ぶ、よね?
確か、小学校の頃『学習と科学』に乗ってた気がする。飛ばなかったらゴメン。
「○○専属」って言葉が好き。
家族旅行で海外とか行ってそうだよね、不二家は。無論、オーロラも見たことある。
裕太クンは苛められっ子でしたから。周助は彼を守る為に(という口実で)、いつも一緒に遊んでます。
……あれ?佐伯は?(笑)

ちなみに、マリーゴールドを植えてたのはうちの学校(ひとり一鉢運動)



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