夏休みはずっと好きだった。毎日毎日兄貴と一緒にいることが出来たから。別に兄貴に友達がいなかったってワケじゃないんだけど、兄貴はいつもオレを優先してくれて。たまに佐伯くんも遊びにきたけど、そん時はオレも一緒だったから淋しくなかった。
 それなのに。中学に入った途端、部活だとかなんだとかで、兄貴は傍にいないんだ。こんなつまらない夏休みは初めてだ。



「裕太?おはよ。今日は早いんだね」
 眠そうな目をこすりながら、兄貴はリビングでくつろいでるオレに小さく手を振った。キッチンへと向かう。
「兄貴が遅いんだよ。今、何時だと思ってるんだ?」
 紅茶を入れてる兄貴に、少しだけ大きな声で呼びかける。背中しか見えないけど、兄貴が小さく微笑ったのが解かった。
「8時。そっか。裕太はまだ、ラジオ体操があるんだっけね」
「うっせ。それよか、さっさと支度しなくていいのかよ?今日、部活あんだろ?」
「ううん。今日はサボる」
「あ゛あ゛?」
「ね、裕太。デートしよっか」
「は?」
「写真。こっち越してから撮ってないからさ。街探検ってことで、デートしよ」
 カップを渡すと、兄貴はオレの隣に座った。ソファが重みで少しだけ沈む。
「お、オレは別にかまわねぇけど。部活、サボってもいいのかよ?」
「うん。どうせ1年は9月からじゃないとレギュラーになれないしね」
 ひとくちだけ飲みカップを置くと、兄貴はつまらなそうに言った。そういう問題じゃねぇんだけど。
「つぅか、1年でレギュラーになるつもりか?」
「うん。だって大して強いのいないもん。あー。でも、同じ1年の手塚くんには敵わないんだよなぁ。彼、凄くテニスが上手いんだよ。1年は9月からじゃないとレギュラーになれないなんて変な決まりごとが無ければ、彼は絶対にエースになってたね。だって彼に敵う相手は、うちの学校にはいないんだから」
 兄貴は思い出すように視線を宙へと向けた。今までなら兄貴の口から出てきた奴の顔はすぐ浮かんだんだけど。今は全然浮かんできやしねぇ。
 手塚?誰だよ、それ。オレは知らない。
「へぇー。天才と呼ばれた兄貴も、ここまでか」
「別に。周りから言われてることなんて気にしてないよ。それより、さ」
 言葉を切ると、兄貴はオレの顔をまじまじと見た。それも、すっげぇ近い距離で。
「な、なんだよ」
「裕太ぁっ」
 両手を広げ、勢いよくオレに抱きつく。それに押されて、オレはソファに横倒しになっちまった。
「ちょっ、なんだよ、兄貴。暑いから離れろよ」
「淋しかったでしょー?今日はお兄ちゃんが一日中側にいてあげるからね」
 まるで赤子か小動物を相手にするような口調。兄貴は猫にでもするように、オレにほお擦りしてきた。何とかしてその腕を解こうとしたけど、華奢に見えてもやっぱり兄貴は兄貴で。がっしりとオレを抱きしめてる腕は解けそうに無い。
「淋しくなんかねぇよ。淋しかったのは兄貴のほうだろ?」
「うん。そうだよ」
「なっ…」
「だから、今日はお兄ちゃん孝行だと思って、一日付き合ってよ。どうせ暇なんでしょ?」
「………。」
 そんな、ハッキリ言われたら。断れるわけねぇじゃんか。オレだって、ホントはすっげぇ淋しかったわけだし。
「ね、いいでしょ?」
 つぅか、笑顔で迫ってくるなよ。顔、赤くなってんのバレちまうだろうが。
「し、しょうがねぇから、な」
 オレは何とか兄貴の顔を押し退けると、それだけを答えた。途端、オレを抱きしめてる兄貴の腕に更に力がこもって。
「やった。ありがと、裕太」
 まるでガキのような声を上げたかと思うと、またオレに頬擦りをしてきた。それも、さっきよりもしつこく。
「だから離れろよ。暑いだろ?」
「いいじゃない。夏なんだから、『暑さ』をちゃんと体感しないと。ね?」
「どういう理屈だよ」
「お願い。もう少しだけ、このままでいさせて」
 言葉とは反対に、兄貴の腕から力が抜ける。
 ったく。我侭な兄貴だ。まあ、今までずっとオレに付き合ってくれてたわけだし。オレが兄貴に合わせるっていう夏休みってのも、一回くらいあってもいいかもしんねぇな。
「………もう少しだけだぜ。そのあと、街探検しなきゃなんねぇんだからな」
 言うと、オレはぎこちない手つきで兄貴の背に腕を回した。
「うん。ありがと」





どうして最初の何行かを使って語りたがるんだろ、アタシι
不二クン引越し説を主張したい。



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