「葉や花に水が掛かるような撒き方は、あまり良いとは言えないな」
「……うん。わかってる」
 退屈そうな声に、振り向かずに答える。返事はしたものの、ホースの位置を下げる気は無い。
 夏休み。自然を愛する心を育てるとかなんだとかで、生徒は当番制で学校の草木に水をやらなければならない。部活のついでだと思えば楽だから別にいいんだけど。生憎、今日は部活はお休み。僕と一緒に水撒きをするメンバーがサボりそうなので、彼を連れてきたんだけど。まあ、正解だったかな。案の定、今日来たのは僕だけしかいなかったし。
「そっちは、もう終わったの?」
「ああ」
「ごめんね、つき合わせちゃって」
「別に、構わん。その代わり…」
「解かってる。高架下のコート、でしょ?」
「ああ」
 彼はやたらと僕と本気の試合をしたがる。まるで僕を燃え上がらせることが使命であるかのように。こんな面倒くさいこと、本当はお断りなんだけど。テニスをエサにでもしないと、彼は僕と一緒に居てくれないから。とは言え、毎回、あまり熱くなれないまま彼に負けちゃうんだけど。
「おい。そろそろ水を止めないと、根が腐るぞ」
「あ。」
 僕が反応するよりも先に、彼は僕の手からホースを奪い取った。下を見ると、綺麗な輝きを放っている雫の下に、水溜りが出来ていた。僕には水滴のついた草木の方が綺麗に見えるのに、それが彼らの体に悪いなんて、なんだか納得いかない。
「ここで終わりなのだろう?」
「うん。そうだけど…」
「なら、さっさと片付けろ」
 同学年なのに、どうして彼はこんなに偉そうなのだろう?まあ、こういう言い方しか出来ないってこと知ってるからいいけど。それを知らないヒトには、どう映るのかな、なんて。まあ、彼にはそうするだけの資格も気品もあるから、誰も文句は言わないだろうけど。
「でも。そんなんだから、先輩たちに目をつけられるんだよ」
「……何だ?」
「何でもない」
 呟いて、彼からホースを取り返す。この夏で先輩たちは引退し、その先の主導権は僕たち2年生が握る。でも、その前に。何か一波乱起きそうな気がするんだよね。まあ、そのときはそのときだ。今度こそ、僕が彼を守る。去年のような失態は、絶対にしない。
「不二?」
 僕を呼ぶ声で我に返り、彼を見た。少し、心配そうな眼。何でもない、という意味を込めた笑顔を作って見せると、彼は安心したのか表情を戻した。でもそれは、いつもの仏頂面に戻ったということ。
 気付かれないように、溜息を吐く。
 心配されるのは好きじゃないけど、その仏頂面も、あまり好きではない。まあ、その整った顔立ちとかは、凄く好きなんだけど。僕が本当に見たいのは、笑顔。死ぬまでに、一度でいいから見てみたいものだ。ただ、このままじゃ、それは叶わぬ夢。
 ……そうだ。
「ねぇ、手塚。上見て」
「…何だ?」
 僕の言葉に彼が頭上を見上げる。それを確認すると、僕はホースを上へと向けた。思い切り、水を放す。
「っ、不二!?」
 僕と彼に降り注ぐ人工の雨。僕の奇行に驚いた彼は、自分に掛かる水の量に比例して、眉がつりあがっていく。
「上。僕じゃなくて、上を見て」
「………。」
 僕も一緒に濡れているから。彼は声を荒げずに渋々といった感じで空を見上げた。
「ほら、虹」
 そこには、人工の雨が作った、小さな虹。指差してみるけど、彼は見上げたままだから。たぶん僕の指は視界に入っていないだろう。
「綺麗でしょう?これじゃ、虹の上を歩くのは無理だけど、触れることくらい出来そうじゃない?」
「………。」
「手塚?」
「お前は」
「ん?」
「これを作っていたのか?」
 彼が、僕に視線を落とす。
「何のこと?」
「あれ」
 指差したのは、水溜りの出来ている花壇。僕は彼に視線を戻すと、バレた?と微笑った。
「あれは草木に良くない。もう、やめろ」
 眉間の皺を深くして、僕を睨む。
「うん。ごめん」
 僕の目論見は正反対の結果に終わり。僕は失意の中、雨を降らせていた手を下ろした。
「だが…」
 彼は僕に近づくと、その手からホースを抜き取った。誰も居ないグラウンドに向けて、空高く水を放つ。
「……手塚?」
「確かに、綺麗だな」
 再び出来た虹を見つめながら、彼は優しく微笑った。





♪虹を作ってた一度触れてみたかった♪
不二クンは自然に対してはロマンチックに慣れるんだけど、
それ以外には妙に現実的で居て欲しい(笑)
ちなみに、うちの中学では夏休みに水撒きをさせられました。サボったヒトは2学期に入ってから大掃除。



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