行為の後、不二の腕の中で、リョーマはいつも眠ったフリをしていた。不二が、自分の意識が無いときだけ、少しだけではあるが優しくなることを知っているからだ。ただ、それは不二の中にある黒い感情よりも後悔の方が勝っているからなのだが。リョーマはそこまでは気づいていない。単純に、不二の温もりを優しいものだと感じている。
 眼を瞑って考える。いつまで、こういう関係を続けるのだろう、と。
 不二は自分のことを好いていないと言う事実、これからも好きになることは無いであろう事実。それを理解していながらも、リョーマは不二から離れることが出来ないでいた。寧ろ、突き放されれば突き放されるほど、不二を求める気持ちは大きくなっていった。
「好き」
 自分にすら聞こえないような声で、リョーマは不二の胸に呟いた。
「莫迦だよ。君は。絶対に僕は君を好きにならない。それを知りながらも僕を求めてくるなんて」
「……不二、先輩?」
「何だ。起きてたの」
 気だるそうな声。それでも冷淡なものではないだけ、リョーマは安心を憶えた。けれど、リョーマが起きているのだから、徐々にではあるが不二の表情は無いものになってゆく。
「起きてたんだ。残念」
 クスクスとその耳元で囁く。不二はゆっくりと体を起こすと、リョーマの上に跨った。
「莫迦だよね、ホント。僕なんかを好きにならなければ倖せでいられたのにね。ねぇ。何で僕なの?」
「……じゃあ、何で俺を抱くんスか?俺の事、嫌いなら。放っておけばいいのに」
 思いがけない反論。不二は口元を歪ませると、リョーマに深く口付けた。その唇を、噛み切る。
「っ。」
「何?僕が少しでも君に気があるとでも?」
 再び広がり始めた黒い感情。不二は自分の唇に付いた血を拭うと、その手をリョーマの首にかけた。力を込めているわけではないが、ひんやりとした感触が、リョーマを恐怖させる。
「勘違いしないで欲しいな。これは、罰だよ。君が犯した罪に対する」
「なっ、んの、話っスか」
「僕はね、手塚が好きなんだ。そして彼は君が好き。どういうことか解かる?」
 解かっていたとはいえ、直接言われるのはつらく。リョーマは顔を歪めた。冷め切っている不二の心が痛いほど伝わってくるのに、触れられている箇所が酷く熱い。
「……俺が、邪魔者だって言いたいんでしょ」
 リョーマの言葉に、不二の口元が緩む。そして出てきたのは、リョーマが予想もしていない言葉だった。
「違うよ」
「……え?」
「僕の事、好きなんでしょう?それなのに解からないなんてね」
 自分の考えていることにか、不二がクスクスと笑い出す。リョーマは意味が解からず、ただ不二を見上げていた。
 と、突然。不二の笑い声が止まった。
「僕の倖せは、手塚が倖せになることなんだ。彼は一度決めたら引かないヒトだからね。彼が僕を好きになることはこの先、多分、一生ないよ。ましてや無理矢理どうこうしようなんて、逆効果にしかならない」
 不二は溜息を吐くと、リョーマの首にかけた手に少しだけ力を入れた。
「君が手塚を好きになってくれなきゃ。ねぇ。いい加減解かっただろ?僕はこういうニンゲンなんだ。さっさと諦めて、手塚の所に行きなよ」
「…やだ。だったら先輩が諦めればいいんだ。先輩が諦めて俺を見ればっ」
 その先は、言葉にならなかった。不二の手に一瞬だけだが確かな力が入り、リョーマは激しく咳き込んだ。
「手塚が傷つくことは、本当はしたくないんだ。でも、仕方がなんだよ。君が、あまりにも彼に冷たくするから。その罪に対する罰を与えないと」
「……そ、れ。手塚部長、知ってますよ。俺たちが、こういう関係なの」
「そうだね。君がばらしたから。だから余計、僕は手塚に嫌われちゃった」
「………。」
「莫迦だよね。君も、僕も、手塚も。誰かが振り返れば終わるのに、誰もそれをしないから。いつまでも終わらない連鎖を続けてる。終わらないくせに、自体は最悪の方向へと行ってる。そうは、思わない?」
 不二の言葉に、リョーマは頷いた。けれど、それは不二の眼には入っていなかった。不二はリョーマから手を離すとベッドから降り、窓を開けた。生温かい真夏の風が入ってくる。
 事実、この奇妙な三角関係は、不二とリョーマが関係を持ったことで修復不可能なところまで墜ちて行っている。
 不二は手塚に冷たくしている罰を与えるという名目でリョーマを抱き、同時にそれは手塚の愛するものを傷つけるという罪を背負うことになっている。
 そして、その事実の半分を知った手塚は更に不二に冷たく当たるようになり、リョーマを愛しく感じるようになった。手塚は、リョーマから関係を迫ったという事実を知らないのだ。
 リョーマはというと、そんな手塚をウザったく感じ、そしていつまでも捉まらない不二を激しく求めるようになった。その欲求は、体を重ねるたび、不二の温もりと冷たさを感じるたびに大きくなっている。
「莫迦だよねぇ」
 切れることの無い連鎖。終われない関係。不二は突然全てが滑稽に思えて。声を上げて笑った。
「こんなに好きなのに。僕じゃ倖せにしてあげることが出来ないなんて」
 温度のある声。それを聴けるのは自分だけだろうに、その相手が自分ではないという現実に、リョーマの眼からは何故か涙が零れていた。
「なんだ。泣いてるの」
 窓を閉めリョーマに近づくと、不二はその涙を指で掬った。
「別に、泣いてなんか」
 リョーマはその手を払いのけ、顔を背けようとした。けれど、それよりも先に、不二はリョーマの顎を掴み、深く口付けていた。
「ねぇ。僕の倖せを思うなら、彼の気持ちに応えてあげてくれないかな」
 驚くほどの優しい声。不二は痛々しいほど綺麗な笑みを作ると、リョーマの頬を優しく包んだ。また、リョーマの眼から涙が溢れ出す。
「……俺の、幸せはどうなるんスかっ。俺はあんたのことが好きなんだ。あんな奴のものじゃなく、あんたのモノになりたい」
「いいよ」
「え?」
「今から君は僕のモノだ。だから、僕が君をどう使おうと勝手だよね?」
 零れ落ちる涙を舌で掬う。リョーマは戸惑いながらも、黙ってされるままになっていた。そのリョーマの様子を感じ取った不二が、口の端で微笑う。
「大丈夫。報酬はちゃんとあげるから。体も優しさも時間も。僕の、手塚への想い以外は、君が望むもの全部あげるから」
 耳元で囁き、優しく抱きしめる。今まで与えられたことの無い優しさに、リョーマは縋るようにその背に手を回した。強く、抱きしめる。もう、涙は出ない。
「……それが、先輩の望みなんスか?」
「そうだよ。その為なら、僕はなんだってするさ。罪を重ねることも、その罰を受けることも厭わない」
 強い意志を持つ声。リョーマは軽い眩暈の中、その温もりを確かめるように眼を閉じた。
 そして、体を離し、不二をしっかりと見つめた。
「……じゃあ、一度でいいから、好きって言って」





ごめんね。エロが在ったんだけどね。その部分が無くても話は通じるし、なんかヤってるだけっぽかったから、カットしました。
不二→手塚→リョマ→不二です。
そう言えば、前に不二→リョマ→手塚→不二ってのを書いたね。(『こちらイヌイ相談室』)
あの時は誰も切なくなかったけど。今回は手塚ひとりがのうのうと(笑)



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送