グルグルと静かに廻る水。退屈な時間は、これを見て過ごす。すると、あっという間に1時間弱は過ぎる。昔のはもっと時間が掛かったから、2時間くらいは潰せたんだけど、最新型のは音が静かなかわりに早く終わってしまう。僕の退屈を埋めてくれる彼は、妙にせっかちになってしまった。昔はよかったまでは言わないけど、もう少しだけ、僕のために廻っていて欲しい。
「……不二、何をしているんだ?」
隣に人影。僕はゆっくりと顔を上げた。ずっと気配は感じてたから、確認程度の視線を彼に送る。
「何って。洗濯機、見てるの」
「そんなことは見ればわかる」
視線を渦に戻した僕に、彼は溜息混じりの言葉を吐いた。溜息を吐きたいのはこっちの方だ。退屈な夏合宿での、大切な癒しなのに。
「わかってるなら、訊かないでよ」
「オレが訊いてるのはそういうことじゃない」
怒ったような口調で言うと、彼は僕の頭を押しやり、洗濯機に蓋をしてしまった。透明な部分から微かに見える、渦。何となく、切ない。
「非道いなぁ。僕、まだ見てたのに」
「夕飯、作るぞ」
面倒くさそうに言う彼に、僕は苦笑した。そりゃそうだよね。成績優秀でテニスも強くって、何でも出来そうに見えたけど。彼は、手先が凄く不器用なんだ。昨日の彼の包丁捌きを見て、僕はわざとそうしてるのかと思ってしまったくらいだもの。
「一年だからって理由で、洗濯させられたり夕食作らされたり、何か癪だよね。僕らよりも弱いくせにさ。あー。球拾いじゃなくて、ちゃんとした練習がしたいなぁ…」
「一年はレギュラーになれないんだ。仕方がないだろう」
あまりにも真面目に彼が返すから、僕は思わず声を上げて笑ってしまった。
「……何が可笑しいんだ?」
「別に。好きだよ、君のそういうとこ」
眉間に皺を寄せて言う彼に、僕は微笑って見せた。
「なっ…」
一瞬にして、彼の顔が赤くなる。男に対してそんな顔するなんて。もしかして、脈あり?それとも、女顔の僕のこと男だと思ってないとか?
なーんて。まあ、多分、好きと言われることに慣れていないだけなのだろうけど。
普段は妙に大人の雰囲気を醸してるくせに、変なところで子供になるから、彼は面白い。
「何バカなことを言ってるんだ、お前は。オレは男だぞ」
「だったら、顔、赤くしないでよ。僕が言ったのは、人間的に好きってことだよ」
クスリと微笑う。自分の勘違いだと言うことがわかった所為か、彼の顔はさっきよりも真っ赤になっていた。それが可笑しくて、また、笑う。
「笑うな。もういい。お前がサボっていたということを大和部長に報告してくる」
耳まで真っ赤にしたまま言い放つと、彼は僕に背を向けた。
「待って」
慌てて、彼の腕を掴む。別に大和くんに怒られたって、先輩たちに目をつけられたって構わないんだけど。今、告げ口なんかされたら、夕飯の支度を一人でやらされることになるかもしれない。そんな面倒なことは、死んでもご免だ。
「……放せ」
「そんな真っ赤な顔で行くの?きっと、大和くんにからかわれるよ」
「大和部長はお前と違うから、そんなことはしない。それより、先輩に対して君付けとは失礼だぞ」
彼は手を振り解くと、眉間に皺を寄せた。そんな顔ばかりしてると、いつか皺がとれなくなっちゃうよ?
「とにかく、オレはもう…」
彼の声に重なるようにして、洗濯機が電子音を発した。どうやら、洗濯が終わったらしい。
「ね。これから洗濯物干さなきゃ。勿論、君も手伝ってくれるよね?まあ、夕飯の支度に参加するのは遅れちゃうけど、サボりじゃないし」
クスリと微笑うと、僕はカゴを彼に持たせ、そこに洗濯物を入れていった。反論するかとも思ったけど、彼はそうしなかった。一見、彼の優しさなのかと勘違いしちゃうけど、多分、夕飯の支度に遅れると言うのが効いているのだろう。そういうとこ、まだまだ子どもだなって思う。そこが、好きなんだけど。
「ねぇ、手塚」
「何だ?」
「君はずっとそのままでいてね。僕は今のままの君が好きだから」
「じゃあ、今すぐにでも変わらなければな。お前に好かれても、ろくなことがなさそうだ」
「あーっ。ひっど…」