38.天真爛漫(外部ファミリー) |
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「はるかパパ。あのね、ほたるね、大きくなったらはるかパパと結婚する」 「なっ……」 ほたるの無邪気な言葉に、驚きの声をあげたのはそれを言われたはるかではなくせつなで、また大きな音を立てて皿を落としたのはみちるだった。 「大丈夫か?みちる。危ないから、僕が片付けるよ」 みちるの方を振り返り、はるかは言う。けど、その視線はほたるの小さな両手によって戻されてしまった。 「ほたる?」 「ねぇ。いいでしょ?」 子供ながらにも真剣な目。そういえば女の子って幼い頃から女だったりするんだよな、などということを思い、はるかは苦笑した。無論自分には関係のない世界だったが。 「そうだな。ほたるが大きくなってもそのままだったらね」 「パパそれおかしいよ。大きくなるんだもん、それってそのままじゃないってことだよ?」 「外見じゃなくて、中身の話さ。……さてと。僕はちょっと向こう、片付けてくるから」 真っ直ぐに自分を見つめるほたるの頭をはるかはくしゃりと撫でると、ソファから立ち上がった。振り返れば同じように真っ直ぐに見つめているみちるの視線を気にせず、キッチンカウンタへと回る。 「怪我、なかった?」 「……え、ええ」 「まったく。どうしたんだよ、みちる。熱でもあるのか?」 原因が先程のほたるとのやりとりだと気付かないはるかは、額にかかる自分とみちるの髪を掻き揚げると、額を重ねた。その行動に、今度はせつなが皿を落とす。 「おいおい。何だよ、せつなまで」 「な、何やってるんですか、二人とも。子供の前で!」 「そんな大袈裟な。熱測っただけだ――」 ろ、と最後の一言だけは声にならなかった。はるかの口は、みちるの唇によって塞がれていた。 「あ。みちるママずるーい。はるかパパ、私もー!」 「みちる!ほたるも。いい加減にしてくださいっ!」 足元で皿が割れているせいで、はるかとみちるを引き剥がすことも出来ず、せつなはその場で声を荒げた。 けれど、そんなことはみちるにもほたるにも全く効果が無く。唇を離したみちるはそのままはるかに抱きついた。 「駄目よ、ほたる。はるかは私のものなんだから」 「でもさっき、はるかパパ、いいって言ったもん」 「冗談よ。子供の言うことなんて真に受けるはず無いでしょう?」 大人気ないな。みちるの言葉にせつなもはるかも、そしてみちる自身も思ったが、誰もそれを止めようとはしなかった。 「はるかパパ。嘘なの?」 「ほたるに合わせてあげただけなんでしょう?」 二人から見つめられ、はるかは内心溜息を吐く。みちるも、嘘だと分かってるなら何もここまで腹を立てることもないのに、と。 だけど、とはるかは思う。例え社交辞令だからといっても、みちるが自分以外の誰かとこんな話をしていたらと思うと、腹が立つ。いや、話はおろか、その目が他の誰かに向くだけできっと、自分は嫉妬するだろう。 でも、相手は子供だぞ?それに。 「そうだな。ほたる。残念ながらこの国では、女性同士の結婚は認められていないんだ。だから、嘘吐いてごめん。僕はほたるとは結婚出来ないんだ」 自分でも少し卑怯な交わし方だと思ったけれど、他にほたるを傷つけずに諦めさせる手は無いだろうと思った。案の定、横目で見たみちるは、不満げな顔をしていた。恐らく自分を理由にはっきりと断って欲しかったのだろう。 「じゃあはるかパパはみちるママとも結婚してないの?」 無垢な表情で核心をついたことを訊くほたるにはるかはどう答えるか少し迷ったが、結局溜息と共に、まぁね、という言葉を吐き出した。 「なぁんだ。そうだったんだ」 「でも結婚していなくても、夫婦生活くらい出来てよ」 まるで誘っているかのように、ねぇ?と耳元で問いかけるみちるに、はるかは何も飲み込んでいないのに、何かを吹き出しそうになった。みちる!とせつなが声を荒げる。 「せつな、そう怒るなよ。深読みしすぎだって。みちるだって別に、そういう意味で言ったわけじゃないんだし。……だろ?」 「さぁ?」 「おい、みちる……」 「そういう意味って?」 「子供は知らなくていいのよ。ねぇ?はるか」 更に強くはるかにしがみつきながら、みちるは余裕のある声でほたるに言った。その穏やかさが逆に怖いとはるかは思う。 「とにかく。僕は割れた皿を片付けるから。せつなもみちるも、ちょっとの間、向こう行ってて」 自分の首にしがみつくみちるの手を軽く叩いて、はるかは言った。みちるはまだ納得していないようだったが、せつなに促され、しぶしぶキッチンから出る。 しゃがみこんだはるかは、気付かれないよう溜息を吐いた。それでも、何処か嬉しくはあった。ほたるが自分に対していった言葉は、きっと娘が父親に対して一度は抱く感情であり、それは自分がそれだけほたると本当の家族に近づいたという証拠だと感じたからだ。 それにしても、何もみちるのいる前で言わなくてもなぁ。 過酷な運命を背負いながら、それでも天真爛漫に育ってくれたのは嬉しいけど。あまりに無邪気すぎるのも考えものだ。多分それは、みちるやせつなもそう感じているだろう。 「……こんなもんかな」 大きな破片を取り終え、立ち上がる。そこで初めて気がついた人の気配に振り返ると、ほたるが掃除機を持って立っていた。 「ああ、サンキュ。気がきくね」 ほたるの頭をまたくしゃりと撫で、掃除機を受け取る。 「当たり前だよ。だって私、はるかパパの将来の内縁の妻だもん」 掃除機の音に紛れてはいたが確実に聞こえてきたほたるの声に、はるかはその言い回しが誰かに似てることを思い出し、苦笑した。 喜ぶべきか、嘆くべきか。 二人が仲良くしてくれればほたるの成長も素直に喜べるのだけれど、と思う。だが、その性格からして似ていれば似ているほど恐らく反発するだろうという結論に、はるかは今後を想像しては掃除機の音に隠れて溜息を吐いた。 【オマケ】 「……せつな。ちゃんと子育てしてる?」 「それ、どういう意味ですか?」 「ほたるが、さ。あれじゃどうしたってみちるじゃないか。……少しくらい、いや、7割くらい君に似たっていいだろう?」 「いいじゃないですか。みちるが二人いると思えば。倖せでしょう?」 「……あのね。楽しんでないか?」 「いいえ。怒ってるんです」 「不可抗力だ」 「はるかがちゃんと子育てしていれば、7割くらいはあなたに似たと思いますけど?」 「それでみちるを僕と取り合うって?」 「それは……いけません」 「そう、いけません。だから君に似るのが一番平和なんだよ。そういうわけ、で。僕ちょっと、これからみちるのご機嫌取りに出かけてくるから。ほたると留守、よろしく」 「え?ちょっと、はるか……」 |
(2009/9/19) |
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