45.拉致(はるみち)
「はるか、ちょっと。何処行くのよ。どうして曲がるの?」
「え?何?聴こえない!」
 声を張り上げた私に、彼女も声を張り上げて返すと、更にスピードを上げた。
「っもう」
 不満の声を上げながらも、振り落とされないようにその腰にしがみつく。
 聞こえないなんて、絶対嘘だわ。僅かに見えた口元は確かに笑っていたもの。
 ヘルメットを被っていないから、体だけじゃなく触れる頬から彼女の体温を感じる。
 でも、安心だけでは済まされない。もしも警察に見つかったら。そんな不安。いいえ、これはスリルね。それが彼女といるといつも付き纏う。
 ほんと、退屈というものがどんな風だったか、忘れてしまいそうだわ。
「着いたよ、みちる」
 遠回りして辿り着いたのは、彼女のマンション。どういうこと、と言葉にせずに見つめれば、彼女は優しい口付けで返してきた。
「毎日毎日、戦いかヴァイオリン。オマケに今日までテスト期間だったからね。この週末は、君を拉致監禁しようかなって」
「送っていく気なんて、初めからなかったのね?」
「勿論。……嫌だといっても、君を部屋まで連れて行くよ。ヴァイオリンも無しだ」
「そんな。二日も練習しないんじゃ、指が動かなくなるわ」
「二日?三日の間違いだろ?まさかみちる、日曜は家に帰れるなんて思ってるんじゃないだろうね?」
 私の手を掴み、強く引き寄せる。触れる胸は、背中と同じ安堵をもたらしたけれど、スリルはなかった。そのかわり、鼓動の早さに心臓が痛くなったけれど。
「はるか」
「月曜は、僕の部屋から一緒に登校するんだよ、みちる。少し退屈かもしれないけど、今回は何処にも連れて行かない。僕と一緒に、僕の部屋に居てもらうから」
 窒息でもさせるかのように、彼女は低い声で囁くと私の頭を自分の胸に押し付けた。聞こえてくる心臓の音は、一瞬私のものかと思うほどに鼓動が早くて。思わず、笑ってしまった。
「なんだよ、みちる」
「私、貴女になら攫われてもいいわ。だから安心して?」
 何とか顔を上げて微笑む。すると彼女の手が緩み、滑るように私の肩を掴んだ。引き合うように、唇が重なる。
「ちぇ。こんなんじゃ、誘拐でもなんでもないじゃないか」
 嬉しいくせに。何でもないような顔をして、彼女が言うから。
「あら。そんなことはなくってよ」
「どうして?」
「私、無断外泊なんてしたことないもの。きっと今夜にでも警察が動き出すわ」
 思わず、いじわるを言いたくなってしまう。
「それ、本当?だったら家に連絡した方が……」
「拉致監禁」
「え?」
「なんでしょう?それとも、身代金でも要求するつもりなのかしら?」
 耐え切れず、またクスクスと笑い声が出てしまう。そんな私に、ちぇ、と零すと、彼女は私の肩を抱いたまま、エレベータへと向かった。
「ほんと、みちるといると退屈しないよ」
 そんなことを楽しげに呟きながら。
(2009/9/3)
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