50.夜這い(蔵黄泉)
 気付くと蔵馬がそこにいた。
 俺に気付かれずにどうやって部屋に入ったのかと疑問に思ったが、すぐに奴が盗賊であったことを思い出した。
「腕は落ちていないようだな」
「お前が警戒を怠っていただけだろう?」
 ギシと冷たい音を立ててベッドが軋む。蔵馬の真っ直ぐな髪が、俺の頬に触れる。
「ベッドでするのは初めてだな」
「……するのか?」
「しないのか?」
 喉の奥で蔵馬が笑う。指先は俺の首筋から胸元へと滑りこんでくる。
「何をしに来た」
「だから夜這いだ」
「衝動を抑えきれなくなったのか?」
「そういったところだ。このままでは、明日、人間界に帰れない」
 人間界に帰る、か。
 蔵馬の言葉に奥歯が鳴る。だが、蔵馬が人間界に帰る気がなければ俺を抱きには来なかったのだろうと思うと、文句は言えない。
 妖狐としての衝動を、今までは、そしてこれからはどうやって解消していくのだろうか。俺がいなくて。
 それとも、魔界だから俺を利用しているだけなのだろうか。
「っ」
 考えを中断させる、指の動き。漏れた息は蔵馬の唇に吸い取られた。
 ひんやりとした感触は、あの頃と何も変わっていない。
「蔵馬……」
 見知った香り、見知った感触。だが俺は今、それを見ることが出来ない。
 俺が見たのは、会議での蔵馬の姿。赤い髪に緑の瞳。俺の知らない妖怪。
「黄泉」
 低い声。囁かれる息に、体が熱くなる。それは現在だけではなく、過去の記憶も含んで俺を襲う。
「蔵馬。俺は、今でもお前をっ――」
 俺の言葉を遮るように、体を貫く痛み。思わず、蔵馬の背に爪を立てる。
「キツイな。慣らせばよかった。……お前、久々なのか?」
「女とならしている。男は……後にも先にも蔵馬、お前だけだ」
「先のことはそう容易く口にするな。嘘になる」
「盗賊は嘘をつく」
「嘘をつくのと嘘になるのは違う。そうなった時に傷つくのはお前だ」
「人を散々傷つけておいて、よく言う……」
「口を動かす余裕があるなら、少しはお前も腰を動かせ」
「――っ」
 突き上げられた腰に、声にならない悲鳴が漏れる。立てた爪は深く抉り、俺の指には湿った感触が纏わりついた。
「……お前よりオレの方が痛いんじゃないのか?」
 動きを緩めながら、けれども止めることなく蔵馬が言った。だけど俺は手の力を緩めない。
「黄泉。離せ」
「断る。この程度の傷なら容易く治せるだろう?」
「……仕方がない」
 僅かな沈黙の後、蔵馬は呟くと俺の体を浮かせて背中に手を回してきた。何をされるのか予測をつける前に、体の位置を入れ替えられる。
「くっ」
 沈む体に、息を詰める。その隙に、蔵馬に腕を解かれた。白くなる意識の中で、俺の腕を掴む蔵馬の手を、なんとか繋ぎとめる。
「黄泉、お前が動け。そうしたらこの手は解かずにいてやる」
 俺の手を強く握り、蔵馬が笑う。試されるまでも無く、俺は動く。
「素直だな」
 笑う蔵馬の声に、熱が混ざりはじめる。その事実だけでイってしまいそうになるのを、なんとか堪える。だが、動きはもう止まらない。
 ベッドの軋みと荒れた息。それから水音。視覚を補うために鋭くなった聴覚が、それらを一つも零さずに拾う。触覚も、以前より増している。
 狂いそうだ。
 いや、きっと、
「ああっ。……はぁっ、く」
 蔵馬を許した時点で俺は、既に狂っていたのだろう。
「くら、ま……」
 魔界を支配しようとした俺が、蔵馬に、二人目でもいいから支配されたいと思っているのだから……。
(2009/9/12)
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