64.あなたを殺して私も死ぬ(はるみち)
「はるか……」
 眉間に皺を寄せて。辛そうな寝顔。私が傍にいるのに、こうして手を握っているのに。はるかはもう、休まらないの?
 絡めた指を離す。気付かれないよう、ゆっくりと。向かい合わせに寝ている体を仰向けにさせると、私ははるかの眉間に唇を落とした。だけど、それでもまだ表情は硬い。
 私ではもう、駄目なのかしら。
 戦士になったばかりの頃、はるかは私の傍にいることで安らぎを得ていた。だけど最近は。妖魔の出現が増え、最近知り合った子達が襲われるようになってから。私だけの力じゃ、どうしてもはるかに安らぎを与えることが出来なくなってきてる。
 私の存在が何の役にも立たなくて。貴女が使命に押し潰されるというのなら。
「……貴女を殺して、私も死んでしまおうかしら」
 これ以上、辛そうなはるかを見ていることは、耐えられない。はるかの役に、立てないことにも。
 指先が、まるで自分のものではないかのようにゆっくりと動く。その行先は、はるかの首。
 両手で、慈しむように触れる。
 ここに力を入れれば。
 少し考えただけなのに、指先が動く。反応がないから、力は時間と共に増していくばかり。
「駄目よ、そんなの。絶対、駄目……」
 ようやく身悶え始めたはるかに、私は我に還ったつもりだったけど。手に込められた力は、緩むどころか強さを増して。
「っちる……?」
「はるか」
「なんで、泣い、てるんだよ」
 伸ばされたはるかの指先は、私の体を押しのけることをせず、涙を優しく掬った。
 どうして、抵抗しないの?そう言いたいのに、声が出ない。ただ、震える唇が静かに動くだけ。
「微笑ってよ、みちる」
 目の前のはるかは、そう言って微笑う。
 どうしてそんな風に微笑えるの?私は今、貴女を殺そうとしているのに。
 貴女はいつも、私の前ではそうやって優しく微笑む。ねぇ。自分がどんな表情(かお)で眠っているかなんて、きっと想像したこともないでしょう?
 どうして私に不安をぶつけてくれないの?
 我侭な不満が指先に力を込めさせる。
 傍にいる以外にも、私は貴女のためならなんだってする。そう、貴女を悪夢から解放してあげることだって。
「でも、駄目っ」
 渦巻く感情を押しのけるように叫んで、私はなんとかはるかから手を離した。
 微笑っていたけれど、本当はとても苦しかったのだろう。はるかはぐったりとベッドに体を横たえたまま、激しく息をしていた。
「ごめん、なさい」
 どんな表情をすればいいのか分かないから、ベッドを降りようとしたけど。背後から伸ばされたはるかの腕に、私は自由を奪われてしまった。
「みちる。何処、行くんだよ」
 甘えるように、うなじに顔を埋めてくる。荒い吐息。私を抱きしめる腕は、強く、でも、微かに震えている。
「……何処にも、行かなくてよ」
 行けるわけ、ないじゃない。
 はるかの腕に手を添えて、体から離す。振り返ると、はるかは相変わらず微笑っていて。それが少しだけずるいと思った。
「目覚ましには、大分早い時間だよ、みちる。少し行儀が悪いけど、二度寝でもしないか?」
 少し掠れてしまっているけど、それでも充分に優しく澄んだ声。
 両手を広げたはるかの胸に、私は引き込まれるようにして飛び込んだ。まるで、この体が自分のものではないかのように。
「でも結局、私なんだわ」
「……何?」
「なんでもない」
 感じる温もりに微笑みながら返す。私の髪を優しく梳く彼女の指に、瞼が重くなってくる。
 自分だけが安らぎを覚えてしまうことを、そうさせてるはるかを、ずるいと思う。だけどもうどうしようもなくて。
 私ははるかの腕の中で、静かで安らかな眠りについた。
(2009/9/24)
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