66.若気の至り(蔵黄泉)
「どうして俺を抱いた?」
「若気の至りだ」
「どうして俺を殺そうとした?」
「それも、若気の至りだ」
「なら、分別のあるお前は、どうしてまた俺を抱く?」
「……オレは、自分に分別があるとは思っていない。特に、妖狐(こ)の姿になるとな」
 ニッと笑うと、オレはゆっくりと体を起こした。黄泉の手の中を、銀色の髪がすり抜けていく。黄泉はそれを留めようとはしなかった。昔は掴んで離さなかったのだが。
 お前こそ、何故今もオレに抱かれる?
 黙ったままオレを見続ける黄泉に内心で問いかけたが、その答えが出ることをお互い望んでいないと分かっているため、口にはしなかった。
 そう。先程の黄泉の疑問にも、オレは答える必要などなかった。例え意味の無い言葉でも。
 黄泉はそれを望んでいない。
「帰るのか?」
「何処に?」
「人間界に」
「ああ。そうだな」
 人間界に、帰る。行ってくるのではなく、オレは、帰る。
 目を瞑り、南野の姿に戻る。すると、強く思わなくても、オレは人間界に帰るのだと言えるようになった。
 全く。同じ人物なのに姿が変わるだけで嗜好に変化が出るのは困る。今のオレは、この男に興味はない。妖狐でいるときには無性に抱きたくなるのに。今は、飛影が恋しい。
 最低だ。
 いや、それは元々か。
「……次は、いつ会える?」
 すぐ後ろから聞こえる声。振り向く間もなく、背後から強い力で抱きしめられた。南野(こ)の姿だと、拒否が出来ない。
「さぁ?気が向いたらな」
 出来る限り、妖狐の口調を真似てみる。少しでも嗜好が妖狐側に傾けばいいと思って。
 だけど、一度満足して引っ込んでしまった妖狐の感情は、そう簡単に戻ってこない。恐らく、肉体が妖狐にならないと今は無理だろう。
 だが、そうまでしてこの男を引き剥がしたいとは思わない。怒らせて、殺されても構わないとすら思う。命に対して投げやりなのは、やはり南野の思考だ。
「離せ。オレは帰る」
「……ああ。そうだな」
 オレの声よりも静かに、黄泉は言うと大人しく手を離した。振り返らず、オレは部屋を後にする。
 何故オレは未だに黄泉を抱くのか。南野の姿に戻ると、いつも思う。その答えは妖狐(オレ)には理解できないようだが、南野(オレ)には理解できる。
「そういえば、オレはまだ、17だったな」
 制服の詰襟に自分の年齢を思い出し、思わず微笑う。
「……馬鹿」
 そして、誰に言うわけでもなく呟くと、人間界へ続く空間の歪みの中へとオレは帰っていった。
(2009/9/26)
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