70.理不尽大爆発(不二幸&切)
「動きがなってないよ、君たち」
 ベンチに座りオレたちに激を飛ばす幸村部長に、オレは思わずムッとした。
「赤也。何か言いたそうだけど?」
「幸村部長こそ。動きが鈍ってんじゃないんスかね。ずっと入院してたってのに、いいんスか?そんな悠長に構えてて」
 しかも、隣に何故か不二周助を並べて。
「いいんだよ。俺は神の子だからね。なんなら、ひと勝負しようか」
「幸村。大丈夫なのかい?」
「大丈夫さ、不二。赤也くらいなら問題ない」
 心配そうな表情で引き止める不二周助に鳥肌が立つくらい優しい声で言うと、幸村部長はゆっくりとした動作で立ち上がった。ベンチにかけていたラケットを手にとって、ジャッカル先輩と交替でコートに入る。
「いいんすか、勝っちゃっても」
「強いものが勝つ。良いも悪いもないさ」
 相変わらずジャージを肩にかけたままでラケットを構えやがる。
 頭に来たオレは、強くボールを握りしめると、合図が始まる前にそれを上空へ放った。

 なんで。
「だから言ったんだよ。大丈夫なのかって」
 たった1ゲームで動けなくなったオレの耳に、僅かに聞こえてくる幸村部長と不二周助の会話。
「大丈夫だっただろ?」
「僕が心配したのは幸村じゃなくて切原くんの方だよ。幾ら君がテニスの申し子だとしても、病み上がりの相手に負けたとあっては……。明後日、うちと試合なんだよ?」
「これくらいで使い物にならなくならそれまでだ。寧ろ、青学に無様に負ける前に潰れてくれて助かったよ」
 チクショウ。
 納得いかない。なんでだ?幸村部長が入院している間、オレはずっとテニスをやっていた。ずっと、それこそ血反吐が出るような思いで練習を重ねてきた。それなのに。
 これが才能ってやつなのか?理不尽だ。
「切原くん。立てる?」
「うるさいっ!」
 突然視界に入ってきた手に驚いて、オレは思わず怒鳴り声を上げてそれを振り払ってしまった。
 見上げると、オレ以上に驚いた表情をした不二周助がそこにいた。
「不二。負けた奴を気にすることなんてないさ」
「……君は、知らないと思うけど」
 早々にベンチに戻った幸村部長に背を向けるようにして立つと、不二周助はオレに再び手を差し伸べた。強引にオレを立たせながら、小声で言う。
「幸村は誰よりも努力してるよ。リハビリだって、医者にやりすぎだと止められると、病院の個室で見つからないようにやっていたくらいなんだから」
「まさか」
「幸村にとってテニスは自分の総てなんだ。例え手術に成功しても、テニスが出来なければ死んでいるのと同じ。でも……」
 そこで言葉を切ると、不二周助は幸村部長を一瞬だけ見た。その目は、少しだけ哀しみを含んでいるように思えた。
「理不尽だと思わないかい?そんな人間から、テニスを奪うだなんて」
「けど、幸村部長はもう」
「そう。テニスを取り戻した。でも、それと引き換えに楽しみ方を忘れてしまった。失った恐怖から、もう二度と離すまいとそのことに必死になるあまり、ね」
「……随分と、知ったような口をきくんですね」
「僕は1年の時から彼のプレーを見ているからね。分かるよ。今は、その必死さが見てて辛いんだ」
「……そんなこと、オレに言ってどうするつもりなんすか?」
「君がろくに練習もしてないと思ってる幸村に負けて落ち込むのが可哀相だな、と思ってね。幸村に対する誤解も解きたかったし。それと。そうだな。進化し続ける君なら、幸村にもう一度テニスを楽しいと思わせることが出来るかもしれない。そう思ったからかな」
「アンタ、一体……」
「不二ー。早くしないと、俺、拗ねるけどー?」
「今行く!」
 背後から聞こえた声に、不二周助は振り向いて声を上げると、オレに、じゃあ、と言って幸村部長の隣へと戻っていった。
 当たり前のようにベンチに座って、他の奴等の練習を眺めている。
 だから、アンタは一体何なんだよ。
 幸村部長の恋人?まさか。幾ら幸村部長の容姿が女っぽいからって、男だぜ?いや、それなら不二周助にも言えることだけど。
「……バカらし」
 自分でしてしまった妄想に、それも満更悪くない取り合わせかもしれないと思ってしまった自分が気持ち悪くて、オレは小さく吐く真似をすると、頭ン中を切り替えた。
 事実がどうであれ、今は他人のことに構ってる暇はない。
 幾ら神の子だって、影で努力ってのをしてんだ。良くてもせいぜい天才どまりのオレがこの程度の努力じゃ足りない。
「うしっ」
 深呼吸をして気合を入れなおすと、オレはパワーリストの重量を増やすべく、部室へと向かった。
(2009/11/13)
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