94.有難く頂戴しろ(不二跡)
「何、これ」
 不二は目の前に用意されたものに顔が引きつりそうになるのを必死に堪えた。
「すげぇだろ」
 だが不二の心境に気付かない跡部は満足そうに笑う。そして、それの隣に立つと見ろとばかりに頬を寄せた。
「俺様が特注で作らせたバレンタインチョコレートだ。有り難く頂戴しろ」
「あ、ああ。ありがとう」
 跡部の表情を崩させるわけにもいかず、不二はとりあえず頷いてはみたが。
 これじゃ、生首じゃないか。
 跡部の隣にあるチョコレートは、特注というだけあって、細部まで跡部に似て作られていた。ただし、1/1スケールではあるが全身ではなく、首から上の部分だけ。色は勿論チョコレート色だが、艶が妙な生々しさを醸している。
「食ってみろよ」
「え?」
「チョコは観賞するもんじゃねぇ。食うもんだ。そうだろ?」
「……まぁ、そうだけど」
 自分の顔が少しずつ食べられていくのをこの男は見るつもりなのだろうか。
 どんな趣味をしているんだと不二は思ったが、そんな相手を好きになった自分のほうが趣味が悪いのかもしれないと思い、少しがっかりした。
 だからといってこれくらいのことで跡部を嫌いになれるはずもなく。また、その表情を哀しいものにさせることも出来ない不二は仕方なく生首へと歩み寄った。
「……ねぇ、どうせ食べるなら。僕、そっちが良いんだけど?」
 だが生首に対峙した不二は暫く考えたのち、その隣にある柔らかな顔のほうへと手を伸ばした。だが、唇が触れる前に拒まれる。
「そっちが先だ。俺はいつでも食えるだろ?」
「……分かったよ」
 いつでも食える。特に深く考えた発言ではなかったのだろうが、跡部の口から出てきたその言葉に多少気をよくした不二は、拒まれた手を今度は拒まないチョコレートへと伸ばした。頬に触れてみる。
 さて、どこから食べよう。とりあえず食べても見た目に余り影響の無い髪からか?
 精巧なつくりのそれを見ながら不二はどうしようかと僅かに悩んだが、先程拒まれたせいもあり、不二は結局そこを選んだ。
 噛み砕くわけではなく、少しずつ溶かすように、唇部分を食んでは舐める。
 次第に融けてきたものが不二の唇を茶色く汚す。
 甘いな。
 飲み込んだ味に不二がそう思った時だった。
「味見は終わりだ」
 どん、と胸を押されたかと思うと、そのまま胸倉を掴まれた。何事かと思う前に、跡部の唇が押し付けられる。
「ん」
 進入してくる舌はまるで、不二が先程飲み込んだ甘さを総て拭い去るかのように動いた。当然、唇についていたものも舐めとられる。
「……甘いな」
「君の甘さも含まれてるからね」
 呟く跡部に不二は笑うと、口元を拭った。まだ取り除かれていなかったチョコレートが手に移る。
「さて。僕は君が食べろっていうから食べたんだけど。どういうことかな?」
「お前がちまちま食ってるのが悪ぃんだよ」
「そう。見てて欲情したんだ?」
 笑いながら意地悪く不二が言う。
 いつもなら図星を指されれば反論をする跡部だったが、何故か今日は黙ってしまった。しかし、不二を見つめる目は雄弁で。
 しょうがないな、全く。
 不二は溜息交じりに微笑むと、跡部の腕を掴んだ。そのまま、部屋の奥へと連れて行く。
「味見、じゃなくていいんだよね?食べ尽くしても」
 投げるように跡部をベッドに寝かせ、その上に圧し掛かる。すると、不二が手を伸ばすよりも先に、跡部の手が伸びてきて不二のシャツのボタンを外しはじめた。
「跡部?」
「ちゃんと食べ尽くすなら構わねぇぜ」
 不二を見て、ニヤリと笑う。それがチョコレートに嫉妬したことを隠すための強がりだろうとなんだろうと、不二はそんな跡部が可愛いと思った。
「分かりました。有り難く、頂戴いたします」
 そして、跡部と同じ笑みを見せると、先程ニセモノにしたよりも激しいキスを跡部へと送った。
(2009/10/5)
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