96.影の支配者(不二塚)
「彼は、ずっと君に影響されているんだと思ってたよ」
 うつ伏せになり、額に張り付いた髪を掻き揚げるとぼんやりと不二は呟いた。
 唐突な話題。だが、彼とは誰のことなのかなど、聞かなくとも分かる。
「オレはアイツに何の影響も与えていない」
「そうかな。少なくとも、彼は君の本気を見、君の言葉を聞かなければ、柱として成長はしなかったはずだ。強くはなっていただろうけどね」
「アイツはまだ未熟だ。チームというものをまだ分かってはいない」
「……それって、君みたいに自分の体を犠牲にしろってこと?」
 ギ、とベッドが軋む音と共に、天井を見ていたオレの視界に不二の顔が入り込んできた。伸びてきた手が、オレの肘を強く掴む。
「っ」
「2、3日はテニスをしないほうがいい。本当は1週間といいたいところだけど」
 真田との対戦で腫れてしまった肘。もう赤みは引いているが、不二の目はどうやら誤魔化せないようだ。
 誤魔化せないから。オレは右手で不二の首を掴むと口付けた。
「悔しい?」
「何がだ?」
「結局。最終的に彼を動かしていたのは君じゃなくて、彼の父親。サムライ南次郎だったってこと」
「何度も言うが、オレはアイツに影響を与えたとは思っていない」
「そう思っている相手に、君の啓示は受け継がせないよ」
「……啓示、だと?」
「そう。彼を支配していたのが父親であるように。君を支配しているのはあの人の言葉だ。それは君の無意識の中にまで染み込んでる。……僕の、入る余地もないほどにね」
 歪んだ顔が近づいてくる。
 オレがしたのとは対照的な、噛み付くような口付けに、呼吸のタイミングを失う。苦しい。が、突き放す気は起きない。
「不二……」
「テニスを禁止させようとしてる僕が、君に無理をさせるわけにはいかないから」
 潤んでしまった目で見上げると、不二は変わらず歪んだ笑みでオレに言った。言葉を返す前に、視界からいなくなる。
「ただ、こうすることは許して」
 耳元で聞こえた声。オレの返事を聞かずに不二は腕を回すとそっと抱きしめてきた。
「不二。オレは……」
「おやすみ、だよ。手塚」
 静かなのに、有無を言わせない声。だがそれはオレに対してではなく、きっと自分に対しての言葉。だとしても。だからこそ、か。
「おやすみ、不二」
 伝わる体温に昂ぶる気持ちを抑えるように息を吐くと、オレは静かに目を閉じた。
(2009/11/26)
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