202.忘れられない思い出(蔵飛)
 新月の日は蔵馬の部屋を必ず訪れる。そのことに、こいつが気付いているのかどうかは知らないが。
「蔵馬」
 闇を求めるよう月のない空を眺めている蔵馬を振り向かせたくて。俺はその名を呼んだ。蔵馬が、ゆっくりと振り返る。
「なん、でしょう?」
 蔵馬の中には今、妖狐がいるのだろう。無理矢理いつもに戻ろうとするから、言葉遣いが可笑しくなる。
「蔵馬」
 もう一度名を呼び、両手を広げる。これも新月の夜だからのことだ。いつもなら、こうしなくとも蔵馬の方から抱きしめてくる。やめろと言っても、強引に。
 真っ直ぐに見つめる俺に、蔵馬は目を細めて微笑うとベッドへと足を乗せた。軋む音がやけに五月蝿く響く。
「蔵馬。俺を見ろ」
「見つめていたら、キス出来ませんよ?」
「目を、閉じなければ言いだけの話だ」
「我侭ですね、相変わらず」
 微笑いながら、あたたか手が俺の頬に触れる。緑の目に映る自分を見つめていると、唇に温もりが触れた。
 お帰り。頭に浮かぶ、奴の言葉。それを、そのまま心中で繰り返す。
 忘れられないのなら、思い出す暇を与えないようにしてやる。
 新月の夜に死んだという蔵馬の旧友を思い浮かべては、俺はそいつに聞こえるように淫らな声を上げた。
(2010/02/04)
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