214.記憶喪失(はるみち)
 もし、記憶ひとつ、無くせるのだとしたら。
 私は迷わず、あの人の記憶を消してしまいたい。
 だってあの人を見つけなければ、私はヴァイオリニストになる夢を捨てずに済んだの。あの人のいる世界を守るためだなんて言って、この道を選ぶことは無かったのよ。
 私が戦士にならないことで、例え世界が滅んでしまったとしても。その最後の瞬間まで、私はヴァイオリンを抱きしめていたはずなの。
 それなのに。
「はるか……」
 見つけてしまった。出会ってしまった。そして、今はこうして隣に。
 倖せかと問われれば、迷わず倖せと答えるけど。それでも、いいえ、それだからこそはるかのことを忘れてしまえればと思う。
 追いには危険が付き纏うけど、守りには恐怖が付き纏うものだから。
 いつかこの倖せが壊れた時。私はどうしているのだろうと思うと、こんなにもはるかを感じているのに胸が苦しくなる。
 ねぇ、はるか。お願いよ。私を余り倖せにさせないで。
 身勝手なのは分かってるけれど。それでも願わずにはいられない。
 このまま静かに目を閉じて。次に目覚めた時。貴女を忘れていられたら――。
(2009/11/18)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送