221.裏切り者(蔵飛)
「お前は誰でも容易く裏切るんだな」
 部屋に来るなり彼はオレに言った。何の事かと聞き返すよりも早く、彼の刃がオレの服を切りつける。
 顕わになる腹部の傷痕。裏切りの証。彼からすれば、の話だけれど。
「信じる方が馬鹿だと言いたげな顔だな」
「そんなこと」
 全然思っていない。ただ、何故今更そのことを持ち出してきたのか疑問に思っただけだ。それに、どうして怒っているのか。
 思い当たるとすれば黄泉のことくらいだが、それを彼が知る手立ては。
 そうか、ムクロか。余計なことを。
「先に裏切ったのは黄泉だ」
 彼の剣先を掴み、払いのける。手のひらが切れたけれどそれは構わなかった。
 じわりと滲む血を彼の頬に擦り付けるようにして触れる。彼は拒まなかったけれど、受け入れもしなかった。ただオレを黙って睨みつけている。続きの言葉を待っているようだ。
 でも、続きなんて言えるわけが無いから。オレはその唇に自分の唇を押し当てた。
 先に裏切ったのは黄泉だ。オレはそう思っている。
 適度な距離を保ち、あくまで盗みの相棒として共に居た。確かに体を重ねてはいたけれど、それは単なる欲求の解消であって、行為の中に特別な情があったわけではない。そんなものを抱かないようにしていた。
 それが、互いの関係を長続きさせる上での暗黙の了解だと思っていた。
 なのに黄泉は想いを言葉にしてオレにぶつけてきた。裏切られたと思った。今の関係で満足していた自分が馬鹿らしく思えた。だから殺した。殺そうとした。せめて苦しまないで済むよう、寝首をかこうと。
 だが、安心しきった寝顔を見ていると出来なかった。だから他人に依頼した。それだけだ。
 オレが裏切ったわけじゃない。オレはただ黄泉の裏切りに応えただけだ。 「黄泉のことなんて、どうでもいいじゃないですか」
 唇を離し、笑いかける。彼は相変わらずオレを睨みつけていたけれど、やはりそれ以上を話す気にはなれない。それこそ本当に裏切りになる。それは、彼への。
 いや、既にオレは裏切っているのか。
 腹部の傷に思う。だけどそこに重なるのは、刀の感触じゃない。黄泉の唇の感触だ。
「飛影、おいで」
 彼の手を引き、ベッドへと倒れる。見下ろす彼は、もうオレを睨みつけてはいなかった。
 貴方こそ、よほどオレを裏切ってると思うんだけど。
 体に動かされる感情なんて。オレが今、黄泉に対してしていることと変わらない。
 そうだ。オレは今、黄泉に対して裏切り行為を働いている。
「……何をニヤついている?」
「これから貴方にすることを想像しただけですよ」
 自嘲の笑みをいやらしい笑みに摩り替えて、彼に言う。体を這い始めたオレの指に容易く騙される彼は、フン、と漏らしただけで深く追求はしなかった。
 やっぱり、貴方こそ裏切り者ですよ。
 崩れてくる笑みに気付かれないように彼に口づけをしながら、もしかしたら今自分が抱いているのと同じ感情を黄泉も抱いているのかもしれないと遠く思った。
(2009/9/22)
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