248.空が落ちればいいのに(はるみち)
 大好きな海。大好きな人と見ているというのに、なんだか無性に淋しくなってくる。
「何処に行っても、水平線って存在するのね」
 冬の海の肌寒さに、彼女の肩に頬を寄せる。私の言葉が気になっているはずなのに、彼女は黙って私の肩を優しく抱いてくれた。
 いっそのこと、空が落ちてしまえば良いのに。そんなことを、最近はよく思う。
 天空と深海の戦士。空と海とは常に触れている。だけど、その境界がなくなることは決してない。私達が幾ら肌を合わせても、混ざり合うことがないように。
 その事実が、最近、どうしても私の胸を締め付ける。
「寒いか?」
 腕をさする私に、彼女は優しく問いかけてくる。けれど私は寒さに震えたわけじゃない。不安、恐怖と言い換えてもいいほどのそれに、寒気を覚えていた。
「ねぇ、はるか。空が海に落ちてしまえばいいって。私、思うの。水平線なんて、邪魔なだけだわ」
 肩に感じる重み。その手に自分の手を重ねると、冷え始めている彼女の体温を感じた。
 薄着できた私に、車から降りる時に彼女は上着を渡してしまったから。本当は、彼女の方が相当寒いはず。それなのに。この人は、何処までも優しい。
 ただ、その優しさが。余計に2人は違う人間なんだということを思わせる。どうしても1つになれないもどかしさ。どうしたら彼女を私のものに出来るのだろうなんて、そんなことを思ってしまう自分がとても嫌。
「でも、みちる。空と海が混ざってしまったら、どちらも認識できなくなるよ」
「それでもいいわ。離れるくらいなら」
「……水平線。それは確かに空と海を分けるためのものだけど。逆にその2つが常に隣接している証拠なんだ。その間には何も入らない。だから決して、離れることはない」
 私の、言わんとしていることはきっと彼女には伝わっている。だからそんなことを言ってくるのだろうと思う。だけど。どうしても納得がいかない。
 こんなに一緒に居るのに、それはどう頑張っても一緒に居るのであって、1つであるわけじゃないだなんて。そんなの、淋しい。
 ねぇ。はるかはそれで平気なの?
「温かいな、みちるは。僕のコートを貸しているせいもあるんだろうけど。あったかい。この温もりは、君の肌から伝わってくるものだよ、みちる。君の肌と、僕の肌が触れ合ってるからこそ、感じてる」
 のせていた私の手に、絡めて。彼女は優しく言った。その振動が、触れている箇所から温かく伝わってくる。
「でも、やっぱり少し寒いな。……なぁ、みちる。そろそろ部屋に戻ろう?互いの存在の有り難さを、確認するために」
 自由だった彼女の手が伸び、私の頬に触れる。ひんやりとした手。視線をそっちに向けている間に、彼女との距離はゼロになった。
「……コレでも、みちるは空が落ちればいいと思う?」
 唇を離した彼女が、優しく笑う。その表情が、夕焼けに照らされてとても美しかったから。私は深く考えずに、素直に頷いた。
「よし。じゃあ、戻ろうぜ。それで、僕達の水平線を嫌というほど感じよう。きっと君も、悪くないって思えるようになってくるから」
 軽い口調。軽いウインク。だけどそれは、私を気遣ってのフェイクだって分かってる。だから。
「そうね。でも、体温だけは、同じになりたいわ」
 いつもの調子で、彼女に言うと。私はもっと体温を感じられるように、彼女に密着してホテルの待つ方角へと歩き始めた。
(2009/9/12)
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