253.大言壮語(蔵黄泉)
 絶対に俺に惚れさせてやる。
 唇の血を手の甲で拭いながら、黄泉が言った。魔界の王となりお前を見返してやる、と。
 オレは魔界の王なんてものに魅力を感じていないから、そんなものになっても無駄だと思ったが、何も言わなかった。
 口元を拭うと、血と唾液がついてきた。どちらも、オレのものじゃない。
「あまり大きなことは言わない方がいい。嘘になったとき、困るだろ?」
 乱れた服を直し、部屋を出て行こうとする黄泉の背中に呟く。嘘にはしないさ。足を止めた黄泉は振り返ると見えない目を開いた。
「今の俺がムクロや雷禅に負けると思うか?」
 眉間に皺を寄せ、体から妖気を発する。
 この部屋は決して柔な造りではない、というより黄泉の国が持っている技術の総てを費やして建てられた城だ。だが今は、黄泉の妖気に当てられてガタガタと建物自体が震え出している。
 それでも恐らく、黄泉は半分の妖気も出していないだろう。
 だが。
「力が総てではない。お前はそれを知っているはずだろ?」
 昔にも知ったことだし、今だってそれを実感しているはずだ。
 黄泉の力は認めても、オレはそれ以外を認めはしない。
「そうだったな。お前は…人間はそうだ。だが、魔界という世界は違う」
 違わないさ。
 妖気をおさめ、目を閉じた黄泉に思う。だがそれも、オレは言葉にしなかった。
 夢くらい、見せてやってもいいじゃないか。どうせ思い知るのは黄泉の方なんだ。
 憐れな男だ。そう思うと、少しだけ愛しさがこみ上げてくる。まさか。
「何を笑っている?」
「何でもないさ。早く行け。会議に遅れる」
 苛立ちに変わりそうな想いを冷えた感情で押さえつける。少し棘のある言い方になったと思ったが、元々こいつにはそういう言い方しかしていないことを思い出した。
 黄泉もたいして気に留めた様子もなく、再びオレに背を向けると、大人しく部屋を後にした。
 静まり返る部屋。溜息を吐くと凍らせた感情が苛立ちに変わり、オレは背後のガラス窓を強く叩いた。拳を擦りつけたまま、振り返る。
 ヒビすら入る気配のない窓。その向こうには赤い空が雷鳴を轟かせ、延々と続いている。
(2010/05/15)
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