293.そこが逆鱗(蔵黄泉)
「また、自分の部下を殺したのか」
「生意気な口をきいたんでな」
 生意気な口、か。感情を押さえつけるような黄泉の言葉に、蔵馬は溜息を吐いた。 「単にオレの名前を口にしただけだろう?」
 黄泉にとっての逆鱗が自分の名前だということに、蔵馬は最近になって気が付いた。話の内容がどんなものでも関係ない。ただ、他の誰かが蔵馬の名を呼び捨てるだけで黄泉の逆鱗に触れた。
「無闇に部下を殺すな。信用が無くなる」
「信用など無くとも力で従わせるさ」
「お前。利口になったんじゃなかったのか?」
「利口になった。だから力が総てだと言っているんだ」
 蔵馬の手を掴み、壁へと押し付ける。黄泉の力は南野の肉体ではどうしても敵わないと理解している蔵馬は抵抗をしなかったが、黄泉はそれでも強く蔵馬を押さえつけていた。掴まれた手首の骨が軋む。
「オレは力などには屈しない」
「分かっている。お前の場合、家族を利用する方が確実だ」
「……それは、オレにとっての逆鱗だと覚えておけ」
「キレたところで、その姿では俺は倒せんさ。もし妖狐となるつもりなら、その前に殺すまでだ」
 顔を近づけて静かに言うと、黄泉は蔵馬の手を離した。が、今度は蔵馬がその手を掴み、黄泉を自分が先程までいた場所へと叩きつけた。黄泉を見下ろすその目は金色に輝いている。
「妖狐になる前にオレを殺すんじゃなかったのか?」
 鼻先が触れ合うほどに顔を近づけ、薄く笑う。掴まれた手首の痛みになのかそれ以外の何かになのか黄泉は低く呻いたが、抵抗はしなかった。例え蔵馬が妖狐の姿であったとしても、黄泉が本気で抵抗をすれば逃れられないはずはないのだが。
「お前はオレを殺せない。だからオレはお前の傍にいるんだ」
 顔を傾け、黄泉の唇に触れる。抵抗も無く蔵馬の舌を黄泉は受け入れたが、それは刹那と呼べるほどの短さで、すぐに蔵馬は黄泉から離れた。
「蔵馬」
「……お前がやったと他の奴等に気付かれる前に、信用のおける部下に頼んで廊下を掃除しておくんだな」
 先を求めるような声で呼んだ黄泉に、蔵馬は感情の無い声で言うと南野の姿に戻り、黄泉の部屋を後にした。
「お前すら、信用できなにのに。他の奴等を信用できるわけが無いだろう」
 残された黄泉は、ぼんやりと呟くと、まだ感触の残っている自分の唇にそっと触れた。
(2010/03/20)
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