302.不発(星うさ)
「よしっ、これで最後だ」
 袋に残っていた打ち上げ花火を手に取ると、星野は言った。もう終わりなの、不満の声を上げたうさぎだが、その足元に置かれたバケツには、既に溢れんばかりの花火が沈んでいる。
「って。セイヤ、線香花火、まだ残ってるよ?」
 袋の隅に残っていた線香花火の束を見つけたうさぎは、花火をせっとしている星野の後ろ姿にいうと、それを取り出した。用意していた花火がファミリー用だったせいもあり、その束は2つもあった。
「ったく。んなもんやってどーすんだよ」
「だって線香花火だって立派な花火だもん。あ。さてはセイヤ、線香花火すぐに落としちゃうタイプでしょ?」
「ばっ……、それはお前だろ!」
「へっへーん。こう見えても私、線香花火は得意なのよー。線香花火ってねぇ、上手く行くと満月みたいで綺麗なんだよぉ」
「……満月、ね」
 既にその場にしゃがみこんで、線香花火の束を解き始めたうさぎに、星野はぼんやりと呟いた。その頭上には綺麗な満月が輝いている。
「ん?」
「ほら、んなもん後でいいから。最後の花火、見逃してもしらねぇぞ?」
 急に振り返ったうさぎに、星野は視線をそらすと持っていた火を導線へと近づけるフリをした。
「やーだ、やだやだ。ちょっと待ってよセイヤ」
 大袈裟すぎるほどに慌てるうさぎに笑いながらも、星野はうさぎがちゃんと花火を見ているのを確認してから火をつけた。
 短い音を出して、導線が燃えていく。その音が消えないうちに、小走りでうさぎの隣に並んだ星野だったが。
「あれ?」
「花火、つかないねぇ」
「おい、嘘だろ。不発かよ」
 幾らまっても火花を上げる様子のない花火に、二人は顔を見合わせると、恐る恐る近づいていった。
 途端、音を出して花火がその閃光を上げる。
「きゃっ」
 そのことに驚いたうさぎが逃げ出そうとし、すぐ隣にいた星野にぶつかる。
 閃光が上がるかもしれないということは予想していたものの、うさぎが飛び込んでくることは予想していなかった星野は、その勢いに押されるようにして尻餅をついた。うさぎも共に倒れる。
「火、ついたな」
「うん。……綺麗」
 上空数メートルまで駆け上る数本の閃光。まるでそれが三尺玉であるかのように眺めていた二人だったが。
「わっ」
 その閃光の欠片すらも消える頃、お互い倒れたままの状態であるということに気づいた二人は、慌てて体を起こした。
「……線香花火、やるか」
 僅かな沈黙の後、星野が呟くようにして言う。
「うん」
 その言葉に素直に頷いたうさぎだったが、偶然触れ合っていた手に残った星野の温もりがいつまでも消えてくれないことに、戸惑いを隠せないでいた。
(2010/01/30)
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