317.拍子抜け(蔵飛)
 こんなものか。呆気なく思った。
 無理だと思っていた、蔵馬との死別。南野秀一の肉体が腐りかけ、もう起き上がることが出来なくなった蔵馬を前に、俺はどうしたらいいのか分からなかったのだが。
 いざ蔵馬が死んでしまうと、なんでもない。
 醜く変貌した蔵馬がただ哀れで、それを悲しみと錯覚しただけなのだろうか。
 魔界にいる今、そもそも蔵馬が死んだなどとは思えない。
 人間界に帰れば、今でもあいつが笑って出迎えそうな気さえする。
 帰れば。
 笑って。
「……なんだ、これは」
 頬を伝う雫。雨かと思ったが、魔界の空には雷鳴は轟いているものの、雨の気配は無い。何処までも血のように赤い色が広がっているだけだ。
 だったらこれは何だ?涙?まさか。
 悲しくなどない。寧ろ何の感情も湧かない。それなのに涙が出るのはおかしい。
 これは、違う。きっと違う。俺は、蔵馬が死んだことを何とも思ってはいない。
「馬鹿らしい」
 脳内で繰り返している言葉を打ち消すように、俺は独り言を吐き出すと、乱暴に雫を拭った。
 俺は二度と、人間界には帰らない。
 強く思う。理由は分からない。また頬が濡れる。
 見上げると、いつの間にやってきたのか、今度こそ雨だった。
(2009/11/16)
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